第5話 「知らんけど、なにが“ね?”なの」
得意げに話すツバキに応じていると、意識の外から弱っちい声が聞こえてきた。誰だ、とは思うまい。ちらりと視線を向けると、今朝“お友だち”になったばかりのアヤメがおずおずとした面持ちで私の斜め後ろあたりに立っていた。気配を消すなよ、マジで小動物じゃん。
しかし……友だちになったからには、この面白キツネ少女をぞんざいに扱うつもりはない。かといって、ツバキとのやりとりは別段公にしているわけでもない。この場合の主導権は、漫画を描いてそれを私に見せてくれるツバキにあるわけだ。
じゃあそのツバキはと視線をまた隣に向けてみると、奴はまん丸な目をさらに丸くして、話しかけてきたアヤメに“驚いてるよ、ぼく!”とでも言えそうな視線を向け、固まっていた。ウケる。ビンタして目を覚まさせてやろうか。
しかし肝心のツバキがこの調子だと……私が説明しなきゃいけないわけ?……めんど。
「あー……ナイショの話?」
「あ、そ、そうなんだ。二人が楽しそうだったから、お話しできないかなって思って」
「あー、それなー……」
「……ゆゆゆ、ゆかりん。いつの間に、
「ちゃんさま」
「ちゃんさま……?」
アヤメと揃って同じ所に私が疑問を持てば、ツバキはわざとらしく咳払いをして、まるで何かの授業をする先生の様に人差し指をぴっと天へ突き刺した。……今か? ビンタするタイミングは、今なのか?
「説明しよう!
「そこに説明は要らないでしょ、わかりそうなもんだし。ってか造形って」
「そしてそこにおわす御幸アヤメちゃんさまこそ、その三大美少女の一人と目される存在なのだ! ちな、
「え、えぇ?! わたし、そんな風に思われてたの?!」
「ツバキ調べって、それ殆ど勝手な思い込みなんじゃ?」
でも、その三大なんたらとやらがツバキ一人の意見かって言うと、必ずしもそうではなさそうな気もする。
どうやらこの話はアヤメ本人にとっても寝耳に水だったらしいね。大袈裟に驚くアヤメは謙遜してる様にも見えないし。
「抱き心地の良さそうなサイズ感。くりくりの丸くてつぶらな瞳。小さなお鼻に小さな唇。全体的にコンパクトで愛らしい容姿!」
「良かったね、アヤメ。ベタ褒めじゃん」
「は、恥ずかしいよぉ……」
「まさしく正統派小動物系美少女! 赤茶の三つ編みがとっても似合っててキュートだよね!」
「えへ、えへへ……わ、わたしとしては、
「その謙虚な姿勢もポイントたかし!!」
「ふぇ……ユカリちゃん、わたし、どういう反応をしたら」
「知らんけど」
「ふぇえ……」
“ふぇえ”じゃないよ、あざといなこいつ。二度と“ふぇえ”って言えない体にしてやろうか。あ?
しかしなるほど、ツバキはアヤメをチラ見しながら落書きをする事で、女体に対する理解度を深めていたわけだ。……なら、そうだね。
「ツバキ、アヤメにちゃんとしたデッサンモデルになってもらったら?」
「……えっ?!」
「モデル……?」
「まずは見せてやんなよ、ツバキ」
「でも、ゆかりん以外に見せた事ないし……」
「大丈夫だって。粗はあるけど、それでも十分だよ」
この先アヤメが本当に私の“お友だち”をやるつもりなら、自然ツバキとも付き合っていく事になる。そう考えると、2人には仲良くなってもらった方が、私が楽だ。一々何してるのかとか説明しなくて良くなるし。
その点で考えると、ツバキのやってる漫画作りに巻き込んでしまうのが1番手っ取り早いってわけ。今のところは、モデルとして。
「お、おう。大親友がそこまで言うなら……御幸ちゃんさま、あのー」
「親友……あっ、アヤメって呼んでほしいなっ、ユカリちゃんみたいに、えへへ」
“親友”というワードになぜか反応したアヤメから、そんな言葉がツバキに向けられる。ほほう、やはり強か系キツネ女子。これを機に友だちを増やそうと画策するとは。
「やさし……かわよ……じゃあ、あやめっち!」
「あやめっち?!」
「気にすんなー、こいつ距離感バグってるだけだから」
「うるせいやいっ。では、あやめっち。こ、ここ、こちらを読んでいただくことは可能でしょうかっ」
そう言いながらツバキは震える手で机の上に広げていたネームノートを取り、そして続けてアヤメに差し出した。
アヤメがそれを受け取って開くと、ツバキはまず“ネームとは?”という話から語り始めた。よしよし、この間私は喋ることもない。あぁー……楽だ。
ツバキの説明と共に、アヤメはノートを開いて、おそるおそるって仕草でページをめくっていく。まぁいきなりノートを渡されて読んでくれって言われたら戸惑いもするか。けど、最初は戸惑いに満ちていたアヤメのまん丸な目は、ページをめくる度になんだかキラキラし始めた。ははぁ、さてはアヤメも、ハマったな?
提案したのは私だったけど、その点についてはあんまり心配してなかった。ツバキの才能、特に画力は贔屓目に見ても本物だと思うし、将来性というには現実的な魅力を既に持ち始めてる。
それに……もしアヤメがツバキのそれを受け入れられないようなら、その時はアヤメを切るだけだから。私、言ったもん。友だちってのは好きの積み重ねで成り立つものなんだって。その点に関しては、ま、杞憂に済んで良かったよ。
そうして、ページの最後をめくり終えたアヤメが一言。
「すごいっ!」
ときらきらな視線をそのままツバキにぶち当てた。やめとけ、ツバキはそんなきらきらを当てられたら蒸発するよ。
「アヤメちゃんって、漫画家さんなんだねっ!」
「うひ、ひひひ。そんな、漫画家さんなんて、そんな、ひひ」
「わたし、このネーム? って、初めてみたよ! ほんとに漫画家さんが描いたって言われても信じちゃうくらい絵がきれいで……お話もすごく面白かった!」
アヤメ、そんなに
「うひっ、うひひっ。いやー、そのようなきらきらな目で見られたら……ね? ゆかりん?」
「知らんけど。なにが、“ね?”なの」
「手厳しいよう!」
「それでさ、さっきのモデルって言うのは? わたしにお手伝い出来ることなら、任せてほしいなっ!」
「おぅふ……その、絵を描く上でですねぇ」
そうして今度はデッサンモデルについても説明をし始めるツバキ。アヤメのきらきらを受けて少し尻込んでるみたいだけど、それくらいは必要経費だよね。
この間もやっぱり私が喋る事はない。そっちの方がアヤメにとってもわかりやすいだろうし、何より私は無駄なエネルギーを使わずに済む。今日もバイトなんだ、節約、節約。
モデルの説明も終わると、何故か少し恥ずかしそうなアヤメが視線を送ってくる、私に。……なぜ?
「そのモデルって、ユカリちゃんもやってるの?」
「まぁ、たまにね。だからそんなに、気負うような事でもないんじゃない?」
「そうだよぉあやめっち。ちょびっと時間をとらせてくれたら嬉しいなぁ」
「……うんっ! じゃあわたし、ツバキちゃんのお手伝い、頑張るね!」
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