第4話 「つーばーきーがー……来たっ!」

 教室に着いて、一先ずアヤメと別れて自分の席に向かうと、その瞬間に突撃してくる奴がいる。


 染めたグレーの髪を低い位置でツインテにして、それを尻尾のように揺らしながらくる、そいつは。



「つーばーきーがー……来たっ!」


「朝からテンション高いね、ツバキ」


「我が心の友ゆかりんに会えるともなれば、この成海なるみツバキ、テンションも上がろうというものだよ!」


「その感じ、さては」


「うむ! これを見てほしい!!」



 私が窓際にある自分の席に座るや否や、タレ目を輝かせたツバキが一冊のノートを手にテンション高くやってきた。私の知る限り最強のウザカワ系女子、成海ツバキがこの感じで接してくるってことは。



「“新作”だね。拝読します、ツバキせんせー」



 彼女が手がける漫画のネームが出来たという事を示している。楽しみじゃん、朝から。



「うひひっ。気が早いよぉ、ゆかりーん」


「ちょっと集中するから、静かにしてくれる?」


「途端に突き放すじゃん、こわ……」



 差し出されたノートを両手で受け取って、丁寧に机の上で開くと、なんども消しゴムをかけた形跡のあるそれが目の前に広がった。


 ……ツバキとの初めての出会いは、放課後の教室に一人残って、せっせとペンを走らせる彼女に私が話しかけたところから始まる。それなりに漫画を読んできた私としては奴が何をしてるのかが気になって、つい声をかけちゃったんだ。


 ツバキは将来、漫画家を目指しているらしくって、中学の時からコツコツと漫画を描いては、時折出版社の賞に応募したりもしてるみたい。まだ出会ってそんなに経ってはいないけど、私も消しゴムかけなんかを手伝った事があって、かなり本格的に取り組んでいたのを覚えてる。本当に残念なことに、まだ報われてはいないのが少し悔しい。


 ……クソカスな自覚がある私だけど、ツバキの夢だけは、本気で応援していたりする。……本人には、絶対に言ってやらないけど。


 さて、そんな熱が篭ったネームノートを一通り読んで、そうして隣にいる奴に視線を向ける。ツバキはしゃがんで机の淵に隠れながら、それでも期待に満ちた眼差しで私を見ていた。“自信作”ってわけね。



「ど、どうだったかな、かなぁ?」


「……絵作りにこだわりが感じられた、百点満点」


「雑ぅ! めちゃくちゃ嬉しいけど、雑ぅ!!」


「贅沢言わないでよ」


「わかってるんだぜい、ゆかりん。ぼくとゆかりんの仲なんだ……思ってる事をさらけ出しちゃいなよぉ」



 私の感想における第一声が褒め言葉だった事に気を良くしたのか、ツバキは机の淵から飛び出してきた上で、したり顔でそんな事を言い出した。


うざ、顔面がある程度可愛くなかったら許されないウザさだよね。可愛くても許さない時はあるけど、百瀬みたいに。


 さて、評価、評価ね。



「ツバキってウザカワ系だよね」


「ぼくについての評価を聞いてるんじゃないよ! それにウザカワって何?! ぼくのことなんだと思ってるのかな?!」


「……マスコット?」


「人であれ! 大親友に向ける評価は! 人向けのものであれ!!」



 ぱんぱんと机の木製天板を叩きながら、めんどくさい駄々をこねるツインテのウザカワマスコット。大親友とか、くすぐったいこと言うじゃん。ここでいきなりビンタしたら、どんな反応するかな。


 でもそろそろ鬱陶しくなってきたし、静かにさせるか。



「それじゃあ……ツバキ、?」



 私がこの言葉をぶつけてやると、ツバキは目に見えて狼狽し、冷や汗だらだらーの、視線を反復横跳びさせ始める。挙動不審を絵に描いたような仕草だ。わかりやす、ビンタしてやりたい。



「ななな、なんのことかなぁ。ゆかりんはほんとたまに、突拍子もない事を言い始めるよねぇ?」


「へー、しらばっくれるんだ」



 つばきが持ってきてくれたネームは、別に何かをパクってるとか、オマージュしてるとか、そういう要素があったわけじゃない。ただ……があって、確実に何かに強く影響を受けている事を窺わせるんだ。


 内容は、ヒーローがアイドルの様に事務所に所属して、ヴィランと戦いながら業界の覇を競うといったところか。これは……あぁ、あれか。



「わかったかも。……自白するなら手心を加えてやらないでもないけど、どうする?」


「……しゃ、しゃいきん最近は、“俺らのヒーローソサエティ”に、ハマっちゃいました」


「面白いよね、あれ」


「だよね! いやー、漫喫で試しに一巻読んだら、どハマりしちゃってさぁ! ぼくの推しは断然」


「いや、そういう話がしたいんじゃないんだけど」


「はいぃ……」



 それからはひたすらに内容についてボコボコにしてやる。


 “王道であるヒーロー物をテーマに選ぶなら既存の作品にはない武器を作れ”、“台詞回しがあっさりしすぎててテーマに合ってない。もっと色んなジャンルを取り入れて研究しろ”。“36頁に収めるためとはいえ、キャラクターの感情推移が滅茶苦茶だ”……そんな事を、可能な限り優しく伝えてやる。


 私だってただのJKでド素人なんだから、偉ぶった事は言えない。けど、逆にいえば素人ですら目に見える欠点が少なからずツバキの作品にはまだあるという事。


 私が言葉を重ねるにつれて、ツバキはどんどん縮こまって、そのちょっとタレた目に涙を溜め始める。その姿が可哀想で可愛いんだけど……ツバキに関しては、積極的に泣かせたいわけじゃなし。しゃーないな、ほんと。



「でもやっぱ、ツバキの描くキャラって良いよね。筆がノってる感じがビシバシ伝わってくるよ」



 上げて下げて、最後は上げる。これが人に物事を伝える時のコツだと私は思ってる。下げる必要がない時はわざわざそうする必要はないんだけど、今回はツバキの成長の為に必要なんだ。性格が悪い私でも、そのくらいの分別はついてる。



「ゆかりん……」


「特に女キャラがキャッチーなデザインしてると思う。なんか秘訣でもあるの?」



 下げたテンションを上げる時は、相手の得意そうな事について聞いてみるのも、またコツの一つ。私は別に漫画を描いたりしないから聞いたところでって話なんだけど、こういう話をするとツバキみたいなタイプは喜んでくれるんだ。


 実際、私の問いかけを聞いたツバキは目に光を取り戻して、嬉々とした表情を浮かべ始めた。ちょろ、ダメな恋人に引っかかりそうだな、こいつ。ビンタされても縋りそう。



「それはねぇ、やっぱりモデルが良いからかなぁ!」



 溌剌とした声で高らかにツバキがそんな事を言う。それにしてもこの変わり様……やはりウザカワ、ビンタしたい。ツバキのたたきを作ってやりたい。たたきはそういう料理じゃないか、てへっ☆


 さておき、もうちょっと掘り下げて、自尊心を高めてやるか。まったく、手間のかかる大親友だよ。



「モデル? そんな……相手? 人? いるの?」


「それはもちろん、なんてったってこのクラスには御芽寺こめいじ三大美少女が揃ってるからねぇ!」


「三大……あぁー? 初耳かも、一人はなんとなくわかるけど」



 私が貪ってやった奴だろうね、間違いなく。



「でしょっ。彼女らをモデルにデッサンすれば、自ずと女性キャラの解像度があがるってわけ!」


「授業中にラクガキするのはデッサンって言わないんじゃ?」


「辛辣ぅ……」


「それで一人はともかく、残りの二人も気になるんだけど」


「それはねー」


「ゆ、ユカリちゃんっ、なんのお話をしてるの?」

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