第3話 「そんな風にしてるから、百瀬に揚げ足とられてあんな事になるんじゃないの?」



 昨日は面白い事があった一日だった。こうして毎朝の様に通ってる登校路も、日常と少し違う何かがあったと言うだけで別物の様に感じられる。


 うーん、空は青いし、草木は青々と茂ってるね! いいよぉ君たち、その調子で私の青春……青春? とにかく、日々を彩ってくれ。


 しかしまぁ、無駄に広い校舎に、駅からここまでの道もまた無駄に長いんだよな、うちの学校。それでも単純距離的には家から近いって理由があるから選んだんだけど、これが3年続くと考えるとモヤッとするものがある。家の前に移転とかしてくんないかな。……いや、それも考えものか。学校の前の家とかうるさそうだし。



間宵まよいさんっ」



 そんなことを考えながら歩いてると、後ろから朗らかな声が聞こえてくる。振り返ると、私と同じ黒の学生服を着た彼女。赤茶の三つ編みを揺らしながら、私に向かって駆けてくる御幸みゆきちゃんの姿が目に飛び込んできた。


 の一部始終を見てただろうに私にご挨拶かましてくるとは、この女、案外鋼のハートを持ってるのかな。



「おはよ、御幸ちゃん」


「おはよう、えへへ」



 そうして私の隣に御幸ちゃんは並んで……何も言わずに歩き出す。いや、なんか喋れよ。別に私たち、登下校を共にする仲でもなんでもなかったじゃん。


 何考えてんだろ、と視線を送ると、何故だか頬を赤くしてる御幸ちゃんと目があった。マジでなんなのこの子、キモ。



「……ま、前から思ってたけど、間宵さんってカッコいいよねっ」



 そして唐突に送られてくる、私への賛辞。なんだなんだ、何が始まったんだ。



「カッコいい?」


「うんっ。背も高くて、すらっとしててモデルさんみたいだなって」


「あー、父方の血かな、身長は」


「黒髪もつやつやで、ロングの……ウルフカットっていうんだよね。それがすごく似合ってるっ」


「髪は……まぁ、ありがと」


「あと目がいいと思うんだ。きりっとしてるっていうか、凛々しいっていうか……大人っぽい!」


「視力は両方2.0あるからね」


「そういう意味ではなくてですねっ」



 なんだよ、人が小粋な小ボケをかましてやったっていうのに。


 でも、そうだなぁ。



「私としては御幸ちゃんの方が良いなって思うよ。ちっちゃくて、目がくりくりで可愛いし」


「なっ」



 私は私の見た目にそこまで自信……というより、自尊心を抱いていない。特に髪とか目とかは、あの女の血を意識させられて、少し嫌なくらいだったりする。かといって整形したいって程ではないんだけど。


 だから思うままを伝えたんだけど、歩いてる最中に御幸ちゃんの気配が隣から消えた。なんだろ、と振り返ると、彼女は昨日ぶりにまた目を丸くして立ち止まっていた。


 と思ったら、早足でまた私の隣に戻ってきた。おもしろ。……もしやこいつ、弄り甲斐の塊か?



「えっと……性格も、なんていうか、マイペースな感じで、それがカッコいいと思うんだ」



 なんだこいつ、めちゃくちゃ褒めてくれるじゃん。……って、普通なら思うところだけど、何せ昨日の今日なんだ。流石に狙いが私にだってわかるよ。


この御幸アヤメとかいう女、いかにも小動物を装った少女だけど……どうやら小動物は小動物でも、キツネのような強かさがあるみたい。見た目はキツネっぽくないけど。なにかっていうと……ウサギ?


 そんな御幸がこの調子なら、次に言うことはおそらく。



「それで……昨日は、助けてくれてありがとう」



 ほらね、やっぱり。こいつ、


 実際、御幸はいじめ被害者で、私は彼女がいじめられる寸前に助けた人間。だけど。当の御幸は直前どころか詰められてる最中まで百瀬の事を友だち扱いしようとしていたわけで。


 百瀬おともだちした私にお礼を言うなんて、どう考えても乗り換え志望にしか見えないでしょ。


 百瀬には及ばないけど……というより、別ベクトルに美少女な御幸がこんな性格だったとは、このユカリの目をもってしても見抜けなんだ。……やっぱり面白いな、こいつ。


 さて、このおもしれーキツネ少女をどう扱うべきかな。めんどくさ、二日連続で私を困らせてくれるなよ。てくてく歩きながら考えて……まぁ、とりあえず。



「別に、助けたつもりじゃないよ。百瀬がしつこくして来なかったら、マジで放置していくつもりだったし」



 てきとーに、あしらお。



「それでも、助けてくれた事には変わりないからっ」


「それなら、どういたしまして。気にしなくていいよ」


「うんっ。……優しいね、間宵さんって」



 こいつ、このぬるい空気感の中、会話を続けるつもりかぁ……。その鋼メンタルがあったなら、百瀬にだって……いや、思い返せばこいつ、結構ギリギリまで抵抗してたな。マジで面白いぞ……!


 さてさて、御幸が乗り換え志望って事なら次に来る言葉は。



「それで……よ、良かったらなんだけど、お友だちに、なれないかなぁって」



 ッシャア! ドンピシャぁ!!


 わかりやす過ぎるよ、御幸ちゃん。わかりやすすぎて逆に愛おしいよ。どうかそのままの君でいてくれ。


 しかし友だちか、クラスにはツバキがいるし困ってるわけじゃないんだけど……まぁ、交友関係は広い方がいいか。それより、この面白キツネ少女をいじってやろう。

 私の前にのこのこ現れて、わかりやすく百瀬おともだちを捨てようとしてるんだから、私は悪くないよね? あんたも私の日々を彩る何かの一部になってくれ。



「友だちって別に、そういう感じでなるもんじゃなくない?」


「……え?」


「同じ趣味があるとか、好きなものが一緒とかが積み重なった結果が友だちだと思うんだよね」


「じ、じゃあ……」


「そんな風にしてるから、百瀬に揚げ足とられてあんな事になるんじゃないの?」



 そしてまた御幸ちゃんの気配が隣から消える。あー、おもしろ。


 でも今度は止まらない、振り返らない。だってまだ友だちじゃないから。それでもし、追いついてきたなら……と思ってたら、本当に追いついてきちゃったよ。最高だな、この子。もう既に若干好きだよ。



「じゃあえっと、間宵さんは何が好きなの?」


「好きなものは……まぁ今度話すけど。とりあえず嫌いなものだけ言っとくよ」


「嫌いなもの?」


「私、“間宵”って苗字が嫌いなの」



 あの女と同じ苗字だからね。

 目をやると、キョトンとした表情の御幸ちゃんと目が合う。説明は……今はしなくて良いか。めんどうだし。



「友だちってんなら、ユカリって呼んで」


「……うんっ、わかったよ。ユカリちゃんっ」


「じゃあそういう事で。よろしく、アヤメ」


「あっ……えへへ」



 何をはにかんでるんだか、この子は。


 そうして隣に居座る事にしたらしいアヤメから、もちもち系のドーナツが好きだとか、犬が好きで家ではコーギーを飼ってるだとかの話を聞きつつ、私たちは教室までの道のりを歩く事になった。……ちなみに私もコーギーのぷりっとしたお尻が好きなので、今度家にお邪魔する事を決定した。これは約束じゃなくて決定事項だから。私的にはおっけーです。


 さぁこれで私たち、もうマブダチだね☆

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