第7話 炊き出し
横には、公園で拾った木の棒が転がっていた。
「うっ…うっ…痛いよ…」俺は地面に手をついたまま、泣きながら姉さんを見上げる。
「が…学校の友達は、け…剣道は、さ…最初、す…素振りからやるって、い…言ってたよ。」嗚咽でまともに喋れない。
「いいの!素振りなんかいくらしたって、上手くはなっても強くはなれないの。」
姉さんの言葉に、俺はますます混乱する。
「で…でも、こんな痛いのやだ!」
「亮ちゃん。勝負は間合いで決まるの。相手との間合いの計りあい、1ミリでも計り勝ったらこっちの勝ち。間合いは痛みで覚える。いい?」
「で…でも…」俺はまだ納得がいかない。
「間合いを制する、呼吸を相手に合わせる、そして最後に必殺技で倒す!」姉さんはニシシと笑いながら話す。
「ひ…ひっさつわざ?」俺の子供心はこの強烈なワードに完全に惹きつけられた。
「そう!最高に強くてかっこいい必殺技!」
「かっ…かっこいい!」俺の目がキラキラ輝き始める。
「亮ちゃんに特別に見せてあげる!」
「えーと…この石、姉さんに投げてみて。」姉さんはゴルフボールほどの石を拾って、俺に渡してきた。
「えっ…でも危ないよ…」俺はビビりながら石を握る。
「いいから。いいから。」急かされて、俺は思わず石を投げた。
石が当たる!と思った瞬間、姉さんの肩から木の棒が一体化し、まるで生き物のように動き出した。
そして、その棒が石に絡みついた瞬間、石は空高く飛んでいった。
俺は口を開けたまま、ポカンとした顔で綺麗な青空に飛んでいく石を眺めていた。
なぜか嫌な気持ちは失せ、同じことができる日を想像して、青い空のように晴れやかな気分になった。
「どう?凄いでしょ。今回は石だけど相手の剣でも腕でも飛ばせるの!」なんか腕を飛ばすとか不穏な言葉も混ざってるけど、姉さんは大満足の様子。
ザックの声が遠くから聞こえてくる。なんだか、現実に引き戻されるような感覚がした。
「おいっ…おっさん、起きろよ。飯食いに行こうぜ!」
目を開けると、そばにはザックとシュウが立っていた。「最悪な悪夢だった…」リョウは思わずつぶやいた。夢の中のあの光景を思い出しながら、ザックたちを見た。
姉さんに扱かれ始めたのも、ちょうどザックたちと同じぐらいの頃だったな…なんて思いながら、立ち上がり二人について行く。
前を歩くザックは木の棒をブンブン振り回し、シュウは頭の後ろに手を組んで、のんびりと歩いている。
二人の足取りには迷いがなく、行き先はすでに決まっているようだ。
「なぁ、どこに食いに行くんだ?俺、金持ってないぞ。」
「教会。」ザックは面倒くさそうに一言だけ返す。どうやら頭の中はすでに飯のことでいっぱいらしい。
飯の前にお祈りでもするのか?と不思議に思っていると、シュウが見かねたように説明を始めた。
「ロザリオ教の教会で、毎日一の鐘が鳴ると炊き出しがあるんだ。だから、昼過ぎにみんなで教会に行くんだよ。」
シュウに聞いてみたところ、「1の鐘」は12時を指していて、そこから2時間ごとに鐘の数字が増えるらしい。昔は本当に鐘を鳴らしていたそうなんだけど、今では、普通に時計で時間を確認するみたいだけど、時間の単位は今でも「鐘」になっているんだとか。
ちなみに、スラムの住民たちはほとんど時計なんて持っていない。教会ぐらいにしか置いてないみたいで、時間を知るには太陽の明るさで判断するしかないんだって。いやはや、なんとも不便な話だな…。
「なるほどね…」シュウの話に納得しつつ、ザックがさらに木の棒を振り回しているのを見て、ちょっと心配になる。
おいおい、当たったら危ないだろ…。
そんなリョウの心配をよそに、ザックは得意げに話し続ける。「ロザリオ教は剣聖の神託も受けるんだ。」
また出た、「剣聖」という言葉。ザックからよく聞くが、日本に例えると有名なスポーツ選手みたいな感じだろうか?
それにしても、まだまだ知らないことが多すぎる。
「剣聖って、具体的に何なのか聞いてもいいか?」
ザックは鼻から息をフンッと吹き出しながら、誇らしげに
「剣聖は最強なんだ!」
すかさずシュウが補足してくれる。
「大陸の5カ国から1人ずつ、神に選ばれた剣士で、神の加護を受けて、力が強くなったり、傷がすぐ治ったり、いろんな恩寵があるんだ。でも王国だけは前の剣聖がいなくなってから20年以上も経つのに、まだ神に選ばれてないんだよ。」
リョウは思わず声を漏らした。「えっ、神様って本当にいるのか?」
神様について聞きたいことは山ほどあるが、今はひとまず飲み込むことにした。
「当たり前だろ!」ザックは少し呆れたように言う。
「そんなの教会で絶対に言うなよ。飯の量、減らされるぞ。」
シュウが「そうそう、気をつけて」と頷きながら、念を押してくる。
「わかった。量減らされたら嫌だから、絶対に言わない。」リョウは真剣に約束した。
どうやらこの世界では、神様が本当にいるらしい。まるでおとぎ話のようなことが、ここでは現実だ。
それにしても、こんな世界で生き抜くには、まずは食事が何より大事だ。そんなことを考えながら、二人について行く。
目の前に広がるスラムの景色が、少しずつ変わっていく中、心の中でこれからの不安と期待が入り混じった感情を抱えていた。
そんな話をしながら歩いていると、先の方からスラムの匂いとはまるで別物の、食欲をそそる香りが漂ってきた。
おいおい、この場所でこんなに良い匂いがするなんて、まさか夢じゃないよな?
「あれか?」と心の中でつぶやきながら、目を凝らすと、一軒だけ他のバラックとは一線を画す、2階建てほどの高さの建物が見えてきた。
スラムの風景の中で一際目立つその建物は、木材だけじゃなくて白い石のようなものも使われている。
しかも、所々には彫刻なんかも施されていて、ちょっと場違いなぐらい立派だ。
近づくにつれて、人の数もどんどん増えてきた。ザックが「あそこだ」と指を指して教えてくれた。
そこには、五十人はくだらないだろう数の人たちが、整然と並んで順番に食事を受け取っていた。
配給しているのはスラムの住民らしき人たちもいれば、黒い修道服を着たシスターが三人ほど手伝っている。
リョウたち三人も最後尾に並び、順番を待つ。列がゆっくり進む中、香ばしいパンと、美味しそうなスープの香りが漂ってきて、腹が鳴るのを抑えられなかった。
ついにリョウの番が来た。俺は食事を受け取る際、ふとシスターの顔を見た。
「えっ…さくらちゃん!?」
思わず口に出してしまった。すると、シスターは怪訝そうな顔をする。リョウは目を凝らして見直す。…いや、さくらちゃんじゃない。だって、さくらちゃんはこんなに…その…おっぱいが大きくない!十年以上見続けてきた俺が間違うわけがない!
気づいた瞬間、リョウの心臓は一気に冷たくなった。シスターは顔を真っ赤にして、今にも爆発しそうな勢いでリョウを睨みつけている。
—-どうやら、心の声が全部漏れていたようだ。やっちまった…。
その瞬間、ザックとシュウは「こいつ、知らない奴です」って顔をして、リョウからそっと離れていった。
気まずさで固まっていたが、無言で手渡された器の中を見ると、スープは…半分も入っていなかった。
「ご、ごめん…」と謝りながら、リョウはしょんぼりと器を抱えてその場を離れた。
これから食事をもらうたびこのシスターに会うのは気まずいと思いながら。
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