第4話 水路
ザックと少し打ち解けたところで、今一番大事なことを聞かなければならないと思った。
「ザック、どうやって脱獄するんだ?」
ザックは鼻の下を人差し指で擦りながら、得意げに答える。「それは今晩のお楽しみだぜ!」と、根拠のない自信たっぷりに言い放つ。
え、そんなノリで大丈夫なのか?追い詰められてたとはいえ、やっぱりザックに乗っかるのは失敗だったかも…。
リョウの中に、じわじわと不安が広がっていく。
しかし、ここで一度冷静になって状況を分析してみることにした。まず、異世界に来たってことだけでも相当パニックだが、なんでパンツ一枚なんだ?
寒くてしょうがない!転移する途中で服がどっかに行ったのか?
まさか神様が追い剥ぎしたのか?いやいや、そんなわけないだろ。でも、もし神様に会えたら絶対文句言ってやる!
それに、もう一つ気になっていたことがある。
「なぁ…ザックはなんで捕まったんだ?」リョウは聞いていいものか悩んだが、思い切って聞いてみた。
ザックはつまらなさそうな表情をしながら、「なんもしてねえよ」と、ポツリと呟く。
「いや…何もしてないってお前…そんなわけ…」と思わず問い詰めると、ザックはムキになって声を上げた。
「セイリュートの市民の奴ら、俺らスラムの住民を目の敵にしやがるんだ!
騎士団が見たくてちょっと市内に入っただけなのに盗人扱いさ!」
「えっと…入れないの?」と、素朴な疑問が浮かび、そのまま聞いてみた。
ザックは顔を赤くしながら、「俺らスラムの住民は入れねぇんだよ…セイリュート市民じゃないからな。みんな他国からの難民さ。20年以上前に帝国と王国の戦争が始まってまだ終わってないんだ!」
思わず心の中で叫んだ。オーノー!なんてところに来てしまったんだ。まさか、紛争中の国に飛ばされるなんて…。
もう一度、神様に文句言うリストを作り直さなきゃ。
まずは、服を返してもらうこと。
それから、紛争中の国に放り込むなんてふざけんな!と、しっかり抗議しなければ。
コツコツコツ…。
今まで聞いたことのない音が廊下に響き渡った。ザックを見ると、人差し指を口に当てている。
どうやら異世界でも「静かに」のジェスチャーは同じらしい。そんなくだらないことを考えていると、檻の反対側から低く不快な声が響いてきた。
「またお前か?スラムの汚いクソガキが!」
その声に反応して、リョウは自然と視線を向けた。
そこには、身長が低く、老人とも中年とも取れるガリガリで幽霊みたいな男が立っていた。顔色は青白く、目つきも悪い。まるでホラー映画から飛び出してきたようなやつだ。
男はザックに向かって唾を吐きかけた。「ゲッゲッゲッ!」と、不気味な笑い声を響かせる。
思わず一歩後ずさりし、心の中で「いやいや、異世界人ってこんな怖いのかよ!」と叫んでた。
男はそのままリョウにも視線を向け、「お前には明日、警邏の取り調べがある。痛みを我慢せずに寝れるのは今晩だけだぞ!ゲッゲッゲッ!」と、またもや不気味な笑いを残して歩き去っていった。
リョウはその場で放心状態になり、ただ呆然と男が歩いていった方角を眺め続けた。何…あれ…異世界人怖すぎるだろ…。
ザックに目を戻すと、彼は悔しそうに口を結び、両拳をギュッと握っていた。
その様子に、俺は何とかしてこの気まずい雰囲気を変えたいと思った。
「なぁザック、腹減ったな。この牢獄、飯とか出ないのか?」と、唐突に話を振ってみた。
ザックは一瞬キョトンとした後、プッと吹き出して笑った。「バカなこと言うなよ。飯が出るなら、スラムの住民全員がここに来るさ!」
ああ、確かにそれもそうか…。いや、でも本当に何も出ないのか…?俺はもう少し期待してたんだけどな…。
夜の帷もだいぶ降りただろうか?上の方にある煉瓦サイズの穴からは、微かな風が漏れ込むが、地下な為、灯りも入らず、時間の感覚はまったくつかめない。
そんな中、ザックが「さぁ、一仕事だ」と言わんばかりに、奥にある石畳を叩き始めた。
何をやってるんだ?と不安な気持ちで見守っていると、目当ての石畳を見つけた瞬間、小さな体で力いっぱい引っ張った。
ゴロッと音を立てて石畳がはがれた。
嘘だろ…呆気に取られている俺を尻目に、ザックはさっと上半身を突っ込んで中を確認している。
何だか手慣れてる…この子、プロかな…?
確認が終わると、ザックは今度は人が通れるくらいまで穴を広げ始めた。途端に、剥がした箇所から冷気が噴き出してきて、リョウは身震いしながら近づいた。
そして恐る恐る中を覗き込むと、そこには古い水路が流れていた。
「へっ」と、ザックが物凄いドヤ顔を決めている。
「この牢屋の下には水路が流れてるんだぜ」と誇らしげに語るザック。リョウはまたひとつ異世界の知識を吸収した。
「昨日の夜、石畳を叩いてシュウに場所を教えたんだ。で、抜け出せるようにしてもらった。この牢屋も昔は水路の一部だったらしいぜ。」
おいおい、こんな計画があったなら、先に言ってくれよ…
まぁ、でも出られるんなら何でもいいか。ザックを急かしながら、リョウも水路に足を踏み入れた。
「ちょっと待って。」ザックが下から石畳を戻している。多少の時間稼ぎにはなるか…。
「なぁ、この水路、どこまで繋がってるんだ?」少し不安になってザックに尋ねる。
するとザックが、ニヤリと笑って振り向いた。「行き先は…お楽しみだ!ついてきな、おっさん!」
その瞬間、背後から遠くで看守たちの声が聞こえてきた。
どうやら、リョウ達の計画に気づいたらしい。
ザックが「急げ!」と叫び、水路を必死に駆け抜けた。
狭い水路の中を、ひたすら前へと進んでいく。
後ろからは看守たちの足音と声が迫ってくる。
リョウの心臓はバクバクと鳴り響き、頭の中は「やばい、やばい、やばい!」とパニック寸前だ。
でも、ザックは楽しそうに先を進んでいく。まるでこれはただの冒険ゲームだとでも思っているかのように…。
「おい、本当にこの道で大丈夫なんだろうな!?」と叫びながら、リョウも必死にザックの後を追う。
「心配すんな、おっさん!俺を信じろ!」
信じろって言われても…いや、もうこうなったら信じるしかないか!リョウは覚悟を決め、ザックの後をひたすら追いかけた。
時間にして2時間以上は水路を進んだだろうか。
もう足が棒どころか、ヘナヘナのうどんみたいになってる。
水の流れとは逆方向にひたすら進んでいるせいで、途中からは傾斜がどんどんきつくなって、ずっと坂道を登るハメに。
幸せオーラ全開だった結婚式場から、カビ臭くて薄汚い牢獄、そして今は暗くて凍えそうな水路を逃走中…。
なんだよ、今日は一体どんな日だってんだ…。
こんなに疲れたのは、姉さんに扱かれた以来だ!
ふと前を歩くザックを見ると、まだ足取りはしっかりしている。
まじかよ、この子供、すごすぎないか?こんな過酷な環境に慣れすぎだろ…と感心しつつも、自分の情けなさに少し落ち込む。
どれだけ歩いただろうか、急に空気が変わったことに気がついた。
裸だからなのか、肌にまとわりつく湿った不快な感じが消えている。
ちょっとだけど、ホッとする瞬間だった。
前を見ずに下を向いて歩いていると、突然ザックが立ち止まっていることに気づかず、ドンとぶつかってしまった。
「うわっ、ごめん…」と謝りつつ、ふと顔を上げると――
そこには、山の中腹から広がる見渡す限りのバラック小屋、その先の地平線には、ちょうど朝日が昇り始めていた。
あたり一面が、柔らかなオレンジ色に染まっていく。
一瞬、リョウの目にはその光景が輝いて見えた。
まるで、ずっと続く暗闇から抜け出して、やっと光を見つけたような気分だ。
「見ろよ、オッサン!朝日だぜ!」とザックが、満面の笑みで俺に声をかける。
その眩しい朝日を見ながら、疲れた体に少し元気が戻ってくるのを感じた。
ここに来るまでに何があったとしても、この瞬間は、確かに報われた気がした。
「やっと、自由になれたって感じだな…」リョウは少し感傷的になりながら呟いた。
ザックがリョウの言葉に応えるように、同じように朝日を見つめている。
その横顔には、どこか誇らしげな表情が浮かんでいた。
「さて、おっさん!ここからが本当の冒険の始まりだぜ!」と、ザックが元気よく言った。
その言葉に、リョウは思わず笑みを浮かべ、頷いた。
「そうだ、これからが俺の新しいスタートなんだ。」
朝日を背にして、リョウはまた一歩を踏み出す。
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