第3話 下層牢

「なあ…『下層牢』っていったい何なんだ?」


声が震えるのをどうにか抑えながら、勇気を出して質問した。


少年は、まるで動物園の珍獣でも見るかのような顔をして返事をする。「おっさん、どっからきたんだよ…?『下層牢』ってのはな、スラムの住民、要するに厄介者をぶち込むための牢獄さ。まあ、野良犬専用の犬小屋ってとこだな。」


どこからともなくポタポタと水滴が落ちる音が響く。壁にはじんわりと湿気が染み出していて、寒さが骨の芯まで届く。


スラム?なんだそれ?と心の中で疑問符が浮かびつつも、さらに質問を口にする。


「ここって、そのスラムなのか?」ビクビクしながら、石の床に座ったまま聞いてみた。


少年は呆れた顔で、首をブンブン振り回す。「はぁ?ここは王国だよ、王国!セイリュート王国の地下牢、スラムは外だろ…おっさん、大丈夫かよ、マジで?」


その言葉がズシンと心に突き刺さる。聞いたこともない国の名前。冷や汗をかきながら、一つの結論に辿り着いた。


うん、これ、たぶん異世界ってやつだな。そう思ったものの、現実味がなくて、目の前の少年の顔がますます不安でぼやけて見える。


時間が経つにつれ、牢の冷たい空気がじわじわと体に染みこんでくる。床に腰を下ろして、頭を抱えたまま考え込んだ。しばらく経ってから、ついに口を開いた。


「これから…俺たちどうなるんだ?」リョウの声は震え、ますます心細くなっていた。


少年はそんなリョウの様子をチラリと見て、ニヤリと笑う。「さぁな。おっさん、何やらかしたんだ?もしかして食い逃げか?あんまり強そうに見えねえしな!」少年は笑いながらからかってくる。


いや、そんなんで笑ってる場合じゃねえだろ…。思わず心の中でツッコんだが、声には出さなかった。


「まぁ、どっちにしろ、俺は夜になったらこんな辛気臭い場所からバイバイするつもりだからさ。」


「えっ、ここから出られるのか?」リョウの心が思わず跳ねた。まさか、こんな所から脱出できる方法があるとは!


意を決して尋ねる。「俺も…連れて行ってくれ!」


少年は急に険しい顔つきになり、鼻で笑った。「おっさん、金は持ってんのか?金がなきゃ話にならねぇよ。俺たちは教会の司祭様じゃねぇんだ。スラムの住人をタダで使おうなんて、甘い考えはやめとけよ。」


夕日が僅かに差し込む中で、少年の目が冷たく光って見える。


ああ、俺の命運はこのガキに握られてるんだな…と思いつつ、必死で何か「対価」を考え始める。脱出はもはや生死に関わる問題だ。


「なぁ、俺子供達に勉強教える仕事してるんだけど、ここ出たら勉強教えるのはどうだ?」


「ふん。俺が世の中で一番嫌いなのが勉強だ。」


リョウは心の中で「おいおい、立派な大人になれないぞ…」と小さくため息をつく。


「剣術は教えてねえの?」

興味をしめしてくる。


リョウはおもむろに剣を振る振りをしながら、「剣術ってこれ?」


「おっ、結構様になってるな、出来るんなら教えてくれよ!」と驚きながら言ってくる。


リョウは、ちょっと自信なさげに「いや、一応子供の頃からやってたんだけどさ…」と口にするが、声はだんだん小さくなっていく。


うーん、2年も剣なんて握ってないし、何より俺、教師になってからペンしか握ってないぞ?


だから、正直自信なんてないけど、子供相手なら…いや、いや、それもどうなんだ?で、でもそれしかないか…


剣術を教えると話しがついたところで、俺は改めて少年の顔をじっと見つめた。8歳?9歳?いや、栄養状態もアレだから、もう少し年上かもしれない…。


「リョウ。俺の名前だ。よろしくな。」ぎこちなく名乗った俺に、少年は即座に肩をすくめた。


「なんだそれ、おっさんでいいや。」


むかっ…ときたが、子供相手にマジで怒るのも大人気ないしな…と気を取り直して言い返す。


「おい、俺はこれからお前に剣術を教えるんだぞ?少しは敬意を持てよ。」


「敬意ねぇ…」少年はあきれ顔で首を振り、「ところでおっさんの剣術、どこの流派なんだよ?」


その質問に、俺はフリーズした。流派?え、俺にそんな立派なものがあるとでも?

「流派か…いや、大したもんじゃないけど…」と口ごもる俺に、少年は目を輝かせて近づいてきた。


「俺、剣術の流派については結構詳しいんだぜ!」と自慢げに話し出す。


「王国にはまず『アルビオン流』ってのがあって、これは王国騎士団の正式な剣術で強いんだ。


それから『カイロウ流』ってのがあって、これは庶民に人気だし、旅人にはぴったりなんだよ。」


少年は空中で剣を振る真似をしながら、さらに続けた。


「最近は『シャロン流』が人気だな。これは剣聖様の従者だったギンマ様が始めた流派で、次の剣聖はこの流派から出るかもって噂だぜ。」


「…そ、そうなんだ。すごいな、お前。」リョウは圧倒されつつ、何とか言葉を絞り出した。


少年の目はさらに期待に満ちて輝いている。焦りながらも、俺は何とか答えをひねり出した。


「えっと…しずか流かな?姉さんが教えてくれたんだ。まあ、2人しかいない流派だけど。」


少年は一瞬驚いた顔をした後、「2人だけ!?それ、流派って言うのかよ!」と大笑いした。


リョウは苦笑いを浮かべながら、内心の不安を必死に隠していた。


だけど、少年が急に自信満々に胸を張って、「ちなみに、俺の名前はザック。将来は剣聖になる男だからな、ちゃんと覚えとけよ!」と宣言してきた。


え?このボロボロの小僧が?剣聖?とか思いつつ、俺はつい笑ってしまった。いや、そんなの本気で言ってるのかよ…!


でも、その小さな体にこれほどの自信と野望が詰まってるなんて、なんか眩しい…


いや、眩しすぎるって!まるで夢見る少年漫画の主人公か?とか考えてるうちに、少しだけ羨ましくなってきたな…

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