第46話 和泉のTシャツが濡れた話

 § 


 広い縁側に座って麦茶を飲むでいると、遠くに蝉の声が聞こえます。風が吹き込んで、庭の木を涼やかに揺らしました。


「ねえ和泉ちゃん、今日の夕食は何がいい?」


「うーん。じゃあお母さんの煮物を食べたい。」


「あら、いいわね。お父さんも好きだし、煮物にしよっか。」


 そんな他愛もない会話をしていると、ダンジョンでの冒険が遠い日のことのように感じます。ほんの2日前なんですけどね。


 私はゆっくりと立ち上がり、サンダルを履いて庭に出ました。そこには、今はもう使っていない古井戸があります。そういえば私が幼かった頃、我が家に泊まっていた剣聖は、この井戸を気に入っていたといいます。


 お風呂に入るよりも井戸の水で水浴びするのが好きだったとか。


「この井戸、まだ水は出るのかしら。」


 そう言えばあれ以来、誰かがこの井戸を使っているのを見たことがありません。私は興味本位でポンプを押してみました。始めは錆びついて動きませんでしたが、何度か力を込めて押すと、突然、ギイと音を立てて沈み込みました。


 何度か力を込めて押すと、茶色い水がゴボゴボと溢れ出し、やがて綺麗な水になりました。水しぶきが私のTシャツを濡らします。生地が肌にぴったりとはりついて、胸の形が露わになってしまいました。またちょっと大きくなってしまったでしょうか。下着も透けてしまっていますし、着替えなくてはいけませんね。


 そんなことを考えていると、井戸の中で何か固いものが音を立てました。なんだろう?私は覗き込みました。すると、小さな木片がゆっくりと水面を漂っています。どうやら久しぶりの水流に乗って、井戸底から浮かび上がってきたようです。


 何となく興味を惹かれて、庭にあった虫取り網でその木片をすくい取ってみました。長年水に浸かっていたそれは、うっすらと苔が生えていてなんだかぬめぬめします。捨てようかと思いましたが、苔の下になにやら模様が彫り込まれていました。


「クリーン!」


 私は、家族に見られないように、そっとスキルを使ってみました。木片は新品の木材のように、木の香りを漂わせ、元の姿を取り戻したようです。


「地図…かしら?」


 木片には粗いながらも、山や川のようなものが描かれており、一つの場所に印がつけられていました。


「宝の地図…だったりして。」


「和泉ちゃーん!ちょっと手伝ってくれる?」


「はーい。ちょっと待ってね!」


 急にお母さんの声がしたので、なんだか悪戯をみつかった子どものようにドキドキしてしまいました。私は慌てて、収納魔法に木片を仕舞います。もしかしたら剣聖が残したものかもしれません。明後日、みんなに会う時に持って行ってみましょう。


 それにしても【クリーン】に【収納魔法】、便利ですね。


 私は縁側に戻り、サンダルを脱ぎ捨てて、パタパタと台所に向かいました。そういえばのんびりお母さんのお手伝いをするなんて久しぶりですね。


 今日の晩御飯の洗い物は、私が担当しようと思います。



 もちろん【クリーン】を使って。




☆☆☆


仕事が随分忙しくなってきて、しばらく執筆していません。

今は書き溜めているものがありますが、ストックがなくなれば

しばらくお休みをいただくことになると思います。

 

そうならないようにできるだけがんばりますが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る