第3話 リエッタの街
翌日、支度を終えて荷物を持ち客室を出ると、丁度レオンハルトが部屋から出てくる所だった。
「おはようレオンハルト君。昨日は良く眠れていたみたいね」
「まあ、それなりには。居心地も悪くなかったからな」
彼の長く伸ばし緩く結んだ金色の髪が肩の動きに連動してサラッと音を立てて揺れる。顔の造形だけでなくあらゆる所作が完成されている、それがレオンハルト・ガードナーという男だった。
街を歩けば全ての黎命帝国人の目を引き、特に女性は感嘆の声を上げる。そしてそれを鼻にかける事はしない。だから人から好かれる。少なくとも私はそう彼を評価している。
だけど私は彼の"欠点"を知っている為、恋愛感情を持ちづらかった。
「昨日女将が言っていた店で朝食にしようと思うんだが、良いか?」
「全然構わないわ、行きましょう」
「分かった。………それと、桐江」
階段を降りようとすると、レオンハルトが神妙な顔で私を見つめていた。首を傾げると、彼は続きを話した。
「起きているかどうか確認したいなら、部屋に来ても良かったのに」
「うーん、それは、ちょっと…」
「俺は部屋を汚さない人間だが」
「そういう事じゃなくて」
恐らく女性と接するにあたって、色恋事にはかなり疎いのだろう。帝国図書館の個室付き仮眠室で暫く寝泊まりしていた時も、似たような事を話した記憶がある。それで私とレオンハルトが付き合っているのではないか、という噂が流れたこともあった。
研究者という職業柄、俗世に疎い事もあろうと覚悟していたがそっち方面に鈍感とは思わなかった。思わず私は顔を両手で覆った。
「………取り敢えず、お店に向かいましょうか」
「??……あぁ」
あまりピンと来ていない様子のレオンハルトは、数段桐江より先に降りると右手を差し出した。
「お手をどうぞ、エスコートしよう」
一瞬迷ったが、彼の何でもなさそうな表情を見ていると頭が痛くなった。諦めて左手を差し出す。いつか刺されても知らないからね…?と諦めながら手を引かれて歩き出した。
リエッタの街は王国東部、国境を越えてすぐの街道を少し逸れたところにある小さな街だ。住人の多くが農家で、山の麓にあるせいか高原などで育つ野菜を栽培している。目的の店は街の中心部の外れにあった。
「あんまり見たことが無いメニューね」
私は手元にあるメニュー表を一通り見終えて、そう呟いた。
「俺のオススメはシチュー、とだけ言っておこう」
「え、どういうこと?」
レオンハルトは難しそうな表情でメニュー表を閉じる。私は名前を見ただけであまり想像出来なかったので美味しいかそうではないかの区別が分からない。
私は視線で続きを促した。彼はテーブルに人差し指で縁を描きながら口を開いた。
「王国の山の麓辺りはその…はっきり言って、あまりあまり美味しくないんだ」
小声で話す彼の視線は不意にカウンターの向こうの厨房に向けられた。中では三人ぐらいの女性が作業をしている。店の中は広く意外と人が居て、ウェイターが忙しなく動いていた。他の客のテーブルを見ると、確かにシチューを頼んでいる客が多い。
王国の軍事力はほぼ大陸一と言っても過言では無いが、大戦が終わっても民の食糧事情はあまり改善されていないようだった。これも日記に記録しておくべきだろう。
そんな風に考えていたら私達のテーブルに大柄の男性が現れた。
「そっちの兄さんは王国出身かい?」
「ああ、そうだよ。仕事で帝国に行ってたんだ」
「ほーん、通りで。そのネクタイピン、帝国図書館の紋章だしな」
「帝国図書館に行ったことがあるの?」
「おう。昔仕事で帝都に出向いたことがあってな、その時司書様と会ったんだよ」
どうやら帝国に詳しい人物のようだ。私はこのチャンスを逃すまいと質問する。
「私、その帝国図書館の司書なのです。今回このリエッタの街を訪れたのは『キリ』の伝承について、お話を伺えればと思いまして」
「へぇ、司書様だったんか。オレはヴィクターって言うんだ。そういう事なら喜んで協力するぜ。…それにしてもあんた達珍しいなぁ」
「珍しい…とは?」
レオンハルトが男性に聞き返した。
「いつもこの街に来る役人は税金関連だし、司書様が直接訪れる事は無かったしな。それに『キリ』について調べてるんだろ?」
「そこまで珍しいんですか?少なくとも俺が知る限りでは、この街は王国内の『キリ』の伝承で有名どころの一つなんだが…」
「その、伝承はどんなものなの?」
すると、ヴィクターは「ちょっと待っててくれ」と言って店を出た。やがて数分後に一人の老婆を連れて戻って来た。
「それならノア婆さんに聞いた方がいいぜ。リエッタの街で一番伝承に詳しい筈だ」
その老婆────ノア婆さんは、私達を見ると目を丸くした。
「帝国から来るとは、また不思議なものじゃな」
「私は吉良桐江、彼はレオンハルト・ガードナーと言います。いきなりですみませんが、『キリ』の伝承について教えて貰えませんか?」
「あい、分かった。司書様の頼みなら幾らでも話そうか」
ノア婆さんは椅子にゆっくりと腰掛けると、呟くように語り始めた。
帝国男爵家令嬢のモノローグ 咲林檎 @sakiringo
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