第2話 帝国男爵家令嬢の自己紹介
初めまして。私は黎命帝国男爵家の一つ、キラ家の長女、キリエと言います。こんな風に自己紹介をするのは初めてだけど、旅の記録を紙に残すのは良い事だ、とレオンハルト君に言われたので書いてみることにしました。
つまり、この自己紹介は読者に対するものではなく、このレポート代わりの日記帳に宛てたもの。誰が見るとかそんな事は気にしていない。
ずっと言い訳をしていても内容はつまらないままなので、どんどん自己紹介をしていこうと思う。
先ず、今の自分の肩書きや身の回りの環境を書き記しておきます。万が一、記憶喪失なんて洒落にならない事態になって身分や家族等の情報が残っていないからずっと思い出せない、なんて嫌だもの。
帝国図書館でずっと司書をしていたのだけど、子供の時好きだった本をまた読んでいたら、この世界に関する研究をしたいな、と思い始めたの。この天命大陸という大地は『キリ』という伝説の霊木を祀っている。
祀っているというよりは、信仰している、が正しいのだけどね。
だけど、その『キリ』は誰も見た事がなくて、伝承に残された図しか分かっていないの。その『キリ』を見てみたいな、って子供の頃から思っていたのよ。多分、名前の響きが似てるからね。
そんなこんなで司書の仕事をしながら研究を続けていくうちに、隣の大国『薄命王国』からやって来たレオンハルト君に声をかけられて、一緒に大陸各地を回って『キリ』の伝承を集めた本を作ろうってことになったの。
まぁ、旅はまだ始まったばかりだから、この日記帳も白紙の方が多い。これから『キリ』について、旅の思い出について沢山増えていったらいいわね。
太陽が夜の闇に溶け切った後の、人間が眠りについた筈の時間。
「────────よし」
キリエはこの街の店先で買った新品の日記帳を閉じると、宿の部屋の壁に掛かっている時計を見ると、午前1時30分である事を確認した。
今日は予定より大幅に遅れてこの『リエッタの街』に着いたが、宿の予約時間と就寝時間は遅れなかったので良しとすることにした。
「……レオンハルト君、流石にもう寝てるわよね」
隣室を予約していた異国からやって来た青年は寝るのが早いらしく、彼女が風呂に入る時間には物音が止んでいた。
少し几帳面な彼らしい。明日の朝食を外で食べたいと言って宿屋の女将さんに美味しい定食屋を教えて貰ったらしいので、きっといい夢を見ているだろう。
シーツに横になり、天井を見上げる。これから数年間、レオンハルトと沢山のものを見る事になるのだから精神的な壁はなるべく無くしておきたい。同世代の男性と話すのってどうするんだっけ、と考えながら眠りに落ちた。
天命歴1981年 4月12日 吉良桐江 25歳
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