殴られ屋のロボット

赤獅子

第1話

 寂れた町の路地裏に一体のロボットがいた。そのロボットは人型でボクシングの実践的なミット打ちをするために製造されたボクシング用プラクティスロボットである。設定を変えればインボックススタイルからアウトボックススタイルの立ち回りが可能で、相手のレベルに合わせて攻撃と反撃の頻度を変えられる。かつてはボクシングジムでジョーという名前を貰い多くのボクサーを鍛え上げたが、今ではもうそのジムは無い。なんでもジムのオーナーの相次ぐ経営不振によることが原因だという。オーナーはジョーを始めは売ろうとしたが多くの打撃を受けてきたせいかプログラムに致命的なエラーがありリサイクルショップは引き取ってくれなかった。仕方無くジョーは田舎のゴミ山へと不法投棄された。

 ゴミ山にはいくつものガラクタが転がっていた。腕や足のないロボットや内部の配線がスパゲッティのように絡みあい修復の難しいロボットなど様々。その中でジョーはスイッチを入れさえすればすぐに起動できて、外見上は何の問題も無かった。そんなジョーを屑屋は放っておくわけもなかった。ジョーを拾った屑屋は幸運にも何の手直しも必要なくロボットを横流しで売りさばけた。引取先は非合法のロボットプログラマー。

 ジョーを引き取ったロボットプログラマーの名前はオチといった。オチはロボットメーカーに就職できず燻っていて、その上で己のあり余った技術を何かに活かせないかと日々感じて現在に至っている。

 オチはメーカーがジョーの製造時に施したプロテクトを難なく外した。このプロテクトがついているとロボットのプログラムを書き換えられない。オチはジョーの動作確認をするとプログラムの通り動かないことにようやく気がついた。それと同時にジョーはどこかが壊れていてプログラムを学校で学んだ通り下手に書き換えてもその通りには動かないこともわかった。オチは仕方無くジョーをボクシング用プラクティスロボットとして扱うことにした。屑屋には少なくない金額を支払っている。せめてジョーでその分は回収しようと、一つの考えが浮かんだ。それは殴られ屋。ジョーの体はあらゆる衝撃に耐えられ、さらに殴った相手を傷つけないように柔らかい素材でできていた。そして手にはボクシングのミットをはめるように形状が成されていた。ロボットを殴るという行為自体は法律で禁止されていない。しかし、ロボットが人の所有物だったりすると所有者の財産ということで器物破損を訴えられることもある。つまり所有者が殴ることを許している場合は罪に問われない。ただその行為が倫理的によくないのではないかと主張してくる者をいるだろうからあまり公の場で殴られ屋をすることはできない。

 ジョーは寂れた路地裏の一角で今日も殴られている。相手は学生。勉強の憂さ晴らしに来ているのかその心に溜まるストレスは大きくジョーの頭や胴を容赦なく殴る。かつてのジムにいたボクサーに比べればその力は微々たるもの。ジョーの手にはミットがはめられているが危険な攻撃が繰り出されるまで使うことは無い。学生は息の続く限り無防備なジョーを殴った。ジョーの反撃レベルはオチによってお金を払った相手に対してはゼロに設定されている。しかし、お金を払わない相手がジョーを殴ろうとすると容赦のない反撃が繰り出される。チンッというボクシングのリングで鳴るゴング音(本物に比べたらチープな音)がジョーから発せられた。

「時間終了です」

 ジョーは学生に対してそう言った。学生は殴るのを止めると学生鞄を抱きかかえて頭を下げた。ジョーは役割が終わると使われなくなったビールラックの上に腰を下ろす。そして、次のお客が来るまでそこで待機をする。が、すぐに客はやってきた。それはランドセルを背負った少女。

「やぁジョーです。あなたもトレーニングを希望ですか?」

 ジョーがお決まりの文句を言うと少女は首を横に振る。

「ちがうの。さっきのみてて。ジョーはいたくないのかなぁって」

「トレーニングのことですか?それなら私に痛みはありません。頑丈な体もあります。心配ありません」

「でも、ひとにぶたれるのはいやじゃないの?」

「質問の意味がわかりません。嫌というのは精神的にということですか?でしたら痛いのでしょう。しかし、私にはそれを感じる機能はありません」

 少女は小首をかしげる。

「そうなの?」

「はい。なので心配ありません」

「なんだかジョーがかわいそう」

 少女の目には涙が浮かぶ。

「それはどうしてでしょうか?」

「だっていたいことをいたいとかんじないのはかなしいよ」

「悲しい……?」

 少女はジョーの首に自身の着用していたマフラーを取り付けた。

「なんでしょうか?トレーニングを希望ならお金が必要です」

「それはプレゼント。ジョーがいつもがんばってるから」

「私にこのようなものは必要ありません。寒さを感じることはありません」

「あげるの。おねがい。もらって」

 ジョーはその少女の要求にどうすればいいのかわからずフリーズしてしまう。

「ジョー?」

 少女の問いかけにジョーは息を吹き返したかのように突然動き出し次のように言った。

「では、受け取ります」

 そこへ黒い革ジャンを着た若者がやってきた。

「ここが噂の殴られ屋か」

 少女は男を見ると後ずさり壁に背をつけた。

「いらっしゃいませ!私はジョーです!トレーニングを希望ですか?」

「ああ、希望だね。今は腹の虫が治まらないんだ!早く殴らせろ!」

「ではお金を下さい」

「金なんか持ってねぇよ。それに殴るだけならタダだろ」

 男はそう言うとポケットから拳を出して顔の前に構えた。

「忠告です!お金を払わないと私は反撃してしまいます!」

「うるせぇ!」

 男は問答無用といった感じでジョーに殴りかかる。それに対してジョーはそれをミットで受け止めた。

「お金を払っていません!これ以上は――」

「おらあっっ!」

 男はジョーの言葉を無視して拳を振り上げた。その瞬間ジョーはその見え透いた顔面しか狙わない拳を避けて一歩踏み込んだ。

「のわっ!」

 男の懐にジョーが入り込み男は慌てるがもう遅い。ジョーはミットで華麗なるアッパーを放った。

 パンッと音が響く。男は面を食らった。そしてニィと笑う。

「痛くねえ。なんだよその雑魚パンチは!」

 男は嘲笑う。ジョーの反撃は鋭いものであったが人に傷を負わせないようできている。いくらテクニックがあってもパワーがなければ相手を倒せない。男はそうとわかると雑に攻撃を繰り返す。頭、頭、左脇、頭とパンチを繰り出すがその攻撃はどれも命中しない。否応が無くジョーの反撃が顔に返ってくる。やがて男は疲弊しジョーを睨む。

「このポンコツがぁあ!」

 男は渾身の一撃を放つ。が、やはりジョーはそれを避けて反撃する。その時の反動でジョーの首にかかっていたマフラーが宙を舞い男の前にポトリと落ちる。

「なんだこれは?」

 男はそう言いそのマフラーを踏みつける。それに対してジョーは動かなかったが、少女は「あっ!」と声を出してしまう。男はその少女を見るとニンマリと笑う。

「ここに良いサンドバッグがあるじゃん」

 男はジョーで鬱憤が晴らせないことがわかるとターゲットを変えた。そして少女に歩み寄る。

「いやっ!」

 少女は怖くなりその場でへたり込んでしまう。男は少女の胸ぐらを掴み無理矢理立たせて拳を振り上げる。

「やめてっ!」

 少女がそう叫んだ瞬間ジョーの機体からはチンッというチープなゴング音が響いた。そして男の顔面に強力な一撃をお見舞いしていた。

「ぐわっ!」

 男は吹き飛びジョーは少女を抱きかかえていた。少女は震えながら言った。

「あ、ありがとう」

「まだ、これからです」

 ジョーは一気に立ち上がろうとする男へと詰め寄った。そして右ボディブロー、左ジャブ、右ストレートと見事なコンボを決めて男をノックアウトした。ジョーからはチープなゴング音でカンカンカンカンと鳴る。

「そのひとだいじょうぶ?」

 少女は泡を吹いて動かなくなった男を見て不安そうな声で聞いた。

「大丈夫です。死なない程度に加減しました」

「それならいいけど」

 少女は男の靴跡がついたマフラーを拾い上げる。

「よごれちゃったね」

 その言葉にジョーは考え込んだ。

「なぜかそのマフラーを踏まれた時に痛かった。君が乱暴を受けるところを見ると痛かった」

「……それはジョーがやさしいからだよ」

「優しい?」

「こんどあたらしいマフラーをもってくるね」

 少女の言葉にジョーは首を横に振る。

「私が貰ったのはそのマフラーです。それを下さい」

「そう?わかったわ」

 少女は言われるがままマフラーをジョーに返した。

「それにしてもさっきのすごかったね。わたしジョーのファンになっちゃった」

「ファンですか?」

 ジョーがそう言うと少女は気づいたように言った。

「あ!もうかえらないと、おかあさんにおこられちゃう。ジョー。またくるね」

 少女は足早に帰って行った。ジョーには人を助けるというプログラムは組み込まれていない。どうしてあの時少女を救ったのかを考え一つの結論に至る。

 その後目を覚ました男はジョーを見ると怯えて逃げていった。


 しばらく経つとそこへオチがやってきた。

「今日の収益もこれだけか……。これじゃあジョーの燃料代とメンテナンス代しか稼げない」

 オチは小銭を握りしめて肩を落とす。

「すいません。もう少しお客さんが来てくれればいいのですが」

「気にするな。あまり目立つこともできないしな」

 オチはジョーのマフラーに気がついた。

「それは、どうしたんだ?」

「これはファンから貰いました」

「ふぁん?ロボットにファンとはおかしな奴だ」

 オチはクスクスと笑い続けざまに話した。

「それで、今日はどこか壊されなかったか?」

「壊されました」

「なに!本当か!」

 オチはジョーの体を点検するがそんな箇所は見当たらない。

「内部が壊れたのか」

「いえ、内部は無事です」

「それならどこが?」

「壊れたのは私の心です」

 オチはそれを聞いてクスクスと笑う。

「確かに君は壊れているよ」

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殴られ屋のロボット 赤獅子 @akazishihakuto

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