第3話
***
人生において、何が正解になるかは分からない。
まだ十五年そこらしか生きていない女子高生が、何を分かった気になっているのかと言われると思うけれど、そう感じたのだから仕方ない。
その時は正しいと思って選択した行動が、後の人生になって悪手となって自分を傷つける。
あの夏祭りの日に美月を一目見てから、そんな感覚が拭えずにいた。
言葉を交わすこともなく、私が一方的に一目見ただけだというのに、美月は全く変わっていないことを察した。
涼月ペアとして、同じ時間に同じ相手に敗北を味わったはずなのに、どうして美月は変わらずに挑戦し続けることが出来ているのだろう。
当時の私は、バドミントンから距離を置くことが正解だと確信していた。身の程を知って、私にはこれ以上がないと確信してしまったからだ。
けれど、その選択が正しかったのかは、今更になって疑問として降り注ぐ。
同じ景色を見ていたはずなのに、私と美月の道は明確に分かたれてしまった。
――一身に進んで夢を掴もうとしている美月。
――敗れたショックから抜け出せずに逃げた私。
正しかったのは、どっちなんだろう。
疑問が頭を過るたび、私は写真に目を向けた。そして、都度、私は答えを突きつけられる。
この写真を見れば、一目瞭然だ。
本気で打ち込んでいるなら、負けた直後のタイミングで笑顔を浮かべることなんて出来ない。美月のように、悔しそうに歯噛みをするはずだ。ましてや、無名の相手に夢が阻まれてしまったとなれば尚更に。
けれど、写真の中の私は、ここまでかと納得するように取り繕った表情を見せている。
この差が、私と美月の命運を分かたせたてしまったのだ。
たった一度の敗北と期待を裏切った罪悪感から、私は最後まで続けることに耐えられなくなってしまったが、美月は一心に突き進んでいく。むしろ、敗北すらも糧にして、より一層練習に励んでいる。
結果、美月はインターハイというステージに進み、優勝という目的を現実のものにまで近付けた。
もしも美月のように諦めることをしなければ、こんな想いを抱かずに済んだのだろうか。今も変わらずに涼月ペアで、全国一を目指すことだって出来たかもしれない。
もう戻れない過去を思って時々胸を痛めることは以前からもあったけれど、ここ最近は頻度が多くなって来た。
原因は、分かっている。
しかし、私がこんな葛藤を抱いていることは、誰にも相談出来なかった。両親にも友達にも話すことなく、一人で頭を悩ませていた。
そんな虚しさに蓋をしようと、私は今まで以上に友達と過ごすようになった。
普通の高校生がするようなことを、ギュッと凝縮して、とにかく遊んだ。
時間が過ぎるのは早い。徒に過ぎる時が、私の心を癒してくれる。
そう思っていたはずなのに、正体の分からない何かが私の胸を掴んで離さなかった。
遊んでいる瞬間は、確かに忘れられる。だけど、一人になった時、ふと襲い掛かる。特に、夜に一人でベッドに潜っていると、症状が顕著に現れて、胸が締め付けられた。
ありふれた人間になって、私はこのまま埋もれていくしかないのだろうか。美月のように――いや、美月と一緒に、特出した人間になることはもう出来ない。
夜の天井に、花火が散っていく。そんな幻想が、何度も脳裏に過った。
夏祭りに花火を見た時、多くの人が花火のもたらす美しさに心を奪われていたが、私は儚さの方に焦点を当てた。
花火が輝くのは刹那だけ。その後は、夜の闇に溶けて、誰からも意識を向けられない。次に打ちあがる綺麗な花火を、周りは期待している。
切なかった。
私みたいだと思うと、余計に胸が締め付けられた。今の私は新天地で友達を作って無理に明るく振る舞っているけれど、本当の私はドが付くほど真面目で悲観的で暗い。
これ以上苦しい想いをしたくなくて、力強く目を瞑った。消えない。布団にかぶさって、上瞼と下瞼がくっついて二度と開けられないと思うくらい、更に強く瞑る。それでも、浮かんでは消えない。
散り行く花火は、私の心に刻まれてしまっている。
これから私は一人になる度、消え行く自分を突きつけられなければいけない。
嫌だった。
いつか消えることを願って、でも消えなくて。
なかったことにしたいと願うのに、ふとした時に写真を眺めて。
蓋をしたいのに、いつも開いてばかりで。
何がしたいのか、自分でも分からなかった。
そんな時だった。
全国大会の決勝まで進んだと、美月から直接連絡が届いたのは――。
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