第10話 薔薇とのけ者
九月も中旬を迎えようとしていた。残暑は厳しいが、庭の温度管理自体は魔術で行われているので、花々は四季を問わない。青悧の塔から戻ってゆったりと己の庭を歩いていたナザリアは、控えめな小さい花をつけている白い薔薇を見た。
「綺麗だなぁ」
自然なままに咲き誇る薔薇は、とても愛おしい。
こうして白緑の塔の最上階まで戻ると、恭しく腰を折ってサリーヌが出迎えた。
「サリーヌ、今日の湯船のお湯の温度は、少し下げてもらえる?」
「畏まりました」
その後はゆっくりと手足を伸ばすようにして、花びらを浮かべた浴槽に、ナザリアは浸かった。時折赤ワインの浸るグラスを傾けながらの半身浴だ。二時間ほどダラダラと入浴してから外へと出て、バスローブに着替える。サリーヌに髪を乾かしてもらいながら、今日は充実していたなと思った。
いいや、他の日が暇すぎるのだろう。
自分でなにかと娯楽や用事を作り出してはいるが、それにも限りがある。
この塔にあっては、やることが少なすぎた。
本来であれば、塔のTOPはやるべきこと、執務は大量にある。だがナザリアは、適切にそれを、周囲の者達に分担した。一番上にいる者が倒れたら回らなくなってしまうような組織を望まず、階層ごとに綺麗に分担したといえる。
この日、ナザリアはゆっくりと眠りについた。
それから二週間ほどは何事もなく経過した。するとある日、紅銀の塔から、エリザベータ卿が訪問したいという連絡があった。
「特に会いたくないんだけれど、用事ねぇ」
ぽつりと呟いてから、まぁいかんせん暇なので、ナザリアは同意した。
本日は黒を基調とした和柄ドレスに着替え、打ち掛けを羽織ったナザリアは、最上階の応接間でエリザベータ卿を待っていた。すると待ち合わせ時間丁度に、エリザベータ卿が訪れた。
「ごきげんよう、ナザリア卿」
「ごきげんよう、エリザベータ卿」
「実は非礼をわびに来たのですわ、ナザリア卿」
そう言いながらエリザベータ卿は席に着いた。
「非礼?」
「ええ。ついうっかり、貴女にだけ、私の庭の薔薇園でのお茶会の招待状を出し忘れていて。ええ、うっかり。なので四人で楽しみましたの。ごめんあそばせ」
ナザリアは小さく頷いた。
エリザベータ卿が、自分以外に声をかけてお茶会をするのは、比較的良くあることだ。特にそれで気を害したりもしない。自分を嫌いな相手と喋るよりは、自分の塔にいた方が有意義だからだ。
「貴女の塔のような殺風景な白薔薇とは異なり、私の塔で咲き誇っている赤やピンクの綺麗な薔薇は、本当に見事ですのよ。ああ、貴女にも見せてあげられたらよかったのですが、うっかり。別に決して貴女をのけ者にしようとしたわけではないのですよ」
クスクスと笑いながら、エリザベータ卿は扇で顔に風を送っている。猫のような瞳に嫌味な色を浮かべて笑うエリザベータ卿は、意地悪を絵に描いたような魔女だとナザリアは考えている。ただ、意地悪をされても痛くもかゆくもないので、特に感想は無い。
ただ。
「そうなんだ。見たかったな」
薔薇に罪はない。そのように綺麗だったのならば、見たかったなと純粋に感じる。
「っ」
するとエリザベータ卿が息を呑んだ。ナザリアが改めて視線を向けると、朱くなったエリザベータ卿が、慌てたように扇で顔を隠した。
「そ、そんなにいうのでしたら、私が直接貴女お一人を案内して差し上げてもよろしくてよ?」
「いいよ、別に。そこまでして頂くのは申し訳ありませんので」
ナザリアはそう返した。
エリザベータ卿には、ナザリアの『見たかったな』という声音が、本当に寂しそうに聞こえていたし、そうでなくてもナザリアと二人で薔薇を見られたら、という想いがあったのだが、ナザリアはそんなことは、知るよしもない。
「ひ、人がせっかく! 私の好意を無駄にするというのですか!?」
「えっ……いや、嫌々案内されるのも……」
「誰が嫌だなんて言いましたか? ひ、非礼を詫びるついでです。ご案内しますわ!」
「だから別にいいって」
「素直におなりなさい! ご案内致しますので!」
憤慨したようなエリザベータ卿の声に、ナザリアは面倒になった。
「分かった、分かりました。それでは、後日お邪魔させて頂きます」
ナザリアはそう告げた。そして約束の日が近づいたら、所用で断ることに決める。
「そう。それでいいのですわ」
エリザベータ卿が頷いた。それから再び、扇を動かし始める。
こうしてこの日、エリザベータ卿は帰っていった。嵐のようだったなと、ナザリアは思ったのだった。
秘蜜の花塔と五つの庭 ~ 百合ハーレムが完成していたのに、気づいていなかったのは私だけ ~ 水鳴諒 @mizunariryou
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