第7話 今日の用件


 最上階の応接間にまっすぐにナザリアが向かうと、途中から付き従って歩いていたサリーヌが言った。


「階下はいかがでしたか?」

「いつもと変わらなかったわ」


 それだけ答えてから、ナザリアは応接間へと入った。五賢人同士なので、部屋には二人きりと決まっている。紅茶などは、魔術で出現させることが可能だ。中には既にレイナの姿があった。多くの場合は、塔の主が出迎えるのだが、レイナは待ち合わせよりもずっと早く着ていたらしい。ナザリアが最上階に戻った時には、既に到着しているとの知らせがあった。


 ナザリアの姿を見ると、レイナが立ち上がる。


「お待たせ致しました、レイナさん」

「いいえ、早く着きすぎた私が悪いのですわ」


 レイナはそう述べると、綺麗な唇の端を持ち上げて、にこりと笑った。きつめの顔立ちではあるが、その瞳が柔らかな笑みの色を浮かべているせいなのか、不思議と怖いというような印象は与えない。気品ある猫のようだなとナザリアは考える。だが全体的な風貌は獅子というかどこか威厳があり、堂々としている。獅子が浮かんだのは、黄色いドレスのせいかもしれない。


「どうぞ、おかけになってください」


 ナザリアは手で促し、歩いて対面する席へと着いた。そしてパチンと指を鳴らして、テーブルの上にティーセットを並べる。ティースタンドには、スコーンとケーキ、スモークサーモンのサンドイッチを並べた。他にはカゴにクッキーを入れたものを出し、お茶には桃のフレーバーティーを用意する。


「ありがとうございます」


 素直にすわったレイナが、それから箱をテーブルに置いた。


「こちらはつまらないものですが」

「ありがとう」


 受け取ったナザリアが開封すると、和族風の扇子が出てきた。深紅と黒で構成されている。目を惹かれたナザリアが手に取ると、甘いお香の香りがした。


「素敵ね」


 開いて見れば、白い月と緑の家が描かれていた。遊び札の模様のようだ。


「お気に召して頂けたら良いのですが」

「うん。気に入ったよ」

「よかった。その品を最初に見た時から、ずっとナザリア様に似合うのではないかと感じていたのですわ」

「そうなんだ、嬉しいです」


 ナザリアが両頬を自然と持ち上げると、レイナが目を丸くした。そして、次の瞬間顔を背ける。その頬と耳が朱い。しかしナザリアは、それには気づかなかった。


「それで? 今日の用件は?」


 本来であれば事前に聞いておくのだが、てっきり挨拶だろうと思い、ナザリアは確認するのを失念していた。


「あっ、その……、……」

「うん?」

「……ナザリア様とお話ししたかったのですわ。二人きりで」

「うん。だから、それがなんの話かなって聞いているんですけれど」


 五賢人の会談なのだから、当然二人きりではないかと、ナザリアは考える。

 するとレイナが唇を尖らせた。


「用件が無ければ、会いに来てはダメですの? 必要ならば、用件を作り出します」

「別にそうは言っていないわよ」


 よく話の内容が見えなくて、ナザリアは小首を傾げる。ふんわりと後頭部でまとめた髪が揺れた。


「ただ、お会いしたかったのですわ」

「そう。ええと……光栄です」


 ナザリアはそう言葉を絞り出してから、まじまじとレイナを見る。上目遣いに自分を見ているレイナの表情は、ナザリアから見ればまだまだずっと若く見えた。あどけなさが残っているようにも感じる。


「私は、ナザリア様にお会いしたい一心で、五賢人の座を目指したのですわ」

「そ、そう。そうなんだ? どうしてまた?」

「ナザリア様を愛しているからでございます。心から、その……敬愛……と言いますか……」


 きっぱりと断言しようとしたレイナの声が、少しずつ小さくなった。

 そして今度はナザリアにも分かるくらい真っ赤になり、俯いて、膝のドレスを掴んでいる。小さく震えているようにさえ見える。しなやかな肉食獣がぷるぷると立ち上がった子鹿に変化したような印象を与えた。


「ふぅん」


 しかしナザリアは、こういう対応を受けることになれていたので、特になにも感想を抱かなかった。ナザリアは、他者から向けられる好意に著しく鈍い。


「私に会った感想は?」

「お声も、視線の動きも、仕草も、なにもかもに惹かれております」

「いや、中身の話なんだけど……」

「中身が素晴らしい方であるのは存じておりますわ!」


 語調を強めたレイナを見て、ナザリアは苦笑する。


「まだそんなに話したこともないし、私のことを知らないのではなくて?」

「これから、もっともっと知りたいとは思っておりますわ」

「そっかぁ。仲良くできたら嬉しいな」

「本当でございますか!? う、嬉しい……」


 レイナが感極まったというような声を上げ、嬉しそうな顔で涙ぐんだ。ある種の同僚なので、ナザリアとしては実際に親しく……というよりは、険悪になりたいわけではないので、小さく頷く。


「こ、今度、私の、黄祈の塔にて小さな催しものをするのですが、宜しければいらっしゃいませんこと?」

「催しもの? どんな?」

「ホットワインに花びらを浮かべて、月を見ようと思うのですわ」

「風流だね」

「ええ、和族の催しものを真似てみようと思うのですわ」

「花はなにを浮かべるの?」

「菖蒲です」

「ふぅん。それは興味があるよ。お招きありがとうございます、レイナさん。ぜひ、顔を出させて下さい」


 ナザリアは変わった行事がそれなりに好きだ。心から楽しみだと思って、はにかむように笑う。するとそれを見たレイナが、また真っ赤になって俯いた。それからチラチラとナザリアを見る。


 その時、ノックの音がした。


「どうぞ」


 ナザリアが声をかけると、入ってきたサリーヌが一礼した。


「ご歓談中失礼致します。ナザリア様、火焔の塔より連絡があり、今宵ルイゼ卿が緊急でお話ししたいことがあるそうです」

「ルイゼ卿が? なにごとかしら」


 ナザリアが首を傾げる。

 するとレイナが咳払いをした。


「ご多忙になるご様子ですし、私はこれにて。今度、改めて月を見る催しの案内状を送らせて頂きますわ」

「うん。ありがとう、レイナさん。楽しみに待っているよ」


 空気が読める子なんだなぁと漠然とナザリアが考えている前で、立ち上がりレイナが出て行く。サリーヌが深く腰を折り見送っていた。そして扉が閉まってから、サリーヌがナザリアを見る。


「ルイゼ卿には、なんとお返事致しますか?」

「そうね。七時に私が火焔の塔に行くと伝えて」

「承知致しました」


 こうしてレイナとの会談が終わり、ナザリアには新しい予定が入った。

 普段は暇な五賢人生活であるが、時々連続して予定が入る場合もある。

 ナザリアはそれが嫌いではなかった。人生は、予期できない方が楽しいと思う質だからだ。



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