第6話 謁見の申し入れと視察
翌朝、ナザリアは目を覚まし、サリーヌに髪をとかされていた。
「本日の髪型はいかがなさいますか?」
「そうね。今日は和服がいいから、後ろで緩くまとめてもらえる?」
「畏まりました」
本日の服装は、なんとなく桜色の着物にした。模様は白い花びらが散っているもので、指には、シンプルな銀色の指輪を嵌める。そのようにして朝の身支度を調えてから、ナザリアはブランチの席へと向かった。いつも朝と昼を合わせた軽食を、ナザリアは好む。クロックムッシュとチーズケーキを食べていた時、コンコンとノックの音がした。
「どうされますか?」
「入ってもらって」
「御意」
ナザリアの声に、サリーヌが扉へと向かう。するとそこには、白緑の塔の窓口役を担うセレーネが立っていた。セレーネは三十代前半の容姿の女性で、細いフレームの眼鏡をかけている。この庭では、サリーヌについでNo.3の実力者だ。
「ごきげんよう、ナザリア様。サリーヌ様」
「おはよう。どかしたの?」
問いかけるナザリアの前で、サリーヌがセレーネを室内へと促す。それから二人は、ナザリアがブランチを食べているテーブルの脇に立った。セレーネは薄い緑色のドレス姿だ。
「黄祈の塔のレイナ卿より、謁見のご依頼がございました」
セレーネの声に、昨日顔を合わせたレイナの姿を、ナザリアは思い出す。自分と同じか、一歳程度は年上に見える外見のレイナは、中身は初々しく若そうだなと言う印象をナザリアは抱いている。
「五賢人への個別の挨拶かな?」
「おそらくは」
「別にいいけどね。そんなのはしなくても。ただ、無碍にするのも可哀想かなぁ」
フォークを片手にナザリアは思案するように瞳を動かす。
「セレーネ。レイナさんの希望日時は?」
「いつでも構わないとのことでした」
「サリーヌ、今日の私の日程は?」
「特にご予定は入っておりません」
「そう。じゃあセレーネ。今日で良ければ、好きな時間に来るようにと伝えてもらえる?」
「畏まりました」
頷いてから腰を折って一礼し、セレーネが出て行く。それを見送りながらフォークを動かしていると、サリーヌが咳払いをした。
「ナザリア様のところへ最初にご挨拶にいらっしゃるようですね」
「なのかな?」
「取り入ろうという腹づもりでしょうか」
「そんなことはないんじゃない?」
ナザリアは苦笑する。
五賢人というものは、大抵の場合、議題の内容によるが、二対二か三対一で派閥が出来やすい。その時々で組み合わせは変わるが。そして多くの場合、どちらにも属さないのがナザリアだ。多数決で決定される以上、三対一以外の場合は、ナザリアが参加した方が勝つことが多い。基本的にナザリアは、よほど興味がある場合や、二対二でどうしても必要に迫られた場合以外は口を挟まないので、確かに恒常的にナザリアと親しくできたならば、議案は通りやすいと考える者はいるだろう。過去には、そういう考えだった魔女もいた。だが、特別ナザリアは与しなかった。
「ねぇ、サリーヌ」
「はい」
「明日はパンケーキがいいな」
「厨房に伝えておきます」
「ベリーとクリームがふんだんに載っているものか、野菜主体か。そこは任せるけどね」
「わかりました」
そんなやりとりをしているとセレーネが戻ってきて、午後三時のお茶時に、レイナが訪れるとナザリアに告げた。各塔のやりとりは、連絡魔術で行える。魔法球に手を触れると、音声が通じる形だ。
「三時まで、なにをしようかしら」
ナザリアは、食べ終えてからそう述べた。
そして窓際へと歩み寄り、庭を見下ろす。
「たまには視察でもしようかなぁ」
「ナザリア様、お供させて頂きます」
「ううん。一人でいいよ。サリーヌの顔はみんなが知ってるからね」
「……お忍びでございますか?」
「うん、そう」
「そのお着物では、高貴な身分の方だというのは一目瞭然だと考えられますが」
「その程度は構わないよ」
と、こうしてナザリアは、己の庭、白緑の塔の中を視察――……見て回る散歩に出かけることにした。道は熟知しているので、部屋から出て、階下へと、階段をゆっくりと下りていく。二階分ほど下がった辺りから、廊下を行き来する侍女の姿が視界に入り始めた。この辺りは、それなりの身分の者しか立ち入ることが出来ないため、ナザリアを目にしたことがある者も多く、皆、ハッとしたような顔をして傅いた。それに苦笑し、「お忍びだから」と伝えたナザリアは、彼女の顔をまだ知らない、若い魔女達が暮らす階層まで下りていった。
「私という者がありながら、レゼ嬢にキスをなさったというのはどういうことなの!?」
すると怒鳴り声が聞こえてきた。
立ち止まり顔を向けると、真っ赤な顔をしたドレス姿の少女が、目を大きく開いて、激怒した様子でボロボロと大粒の涙をこぼしていた。その正面にはボーイッシュなショートカットの女の子がいる。
「誤解よ。あの子がいきなり私を押し倒したの。勿論拒否した。それだけよ。私にはユラ、君だけだよ」
「っ、ほ、本当ですのね!?」
「私を信じられないかい?」
「うっ……っ、うう……」
十五歳くらいの外見の二人の言い争い。
視察をしていると高確率で、痴話げんかを目撃する。今回はどうやら丸く収まった様子だと、その後抱き合った二人を見た。
歩いていると、あちらで抱き合い、こちらで抱き合い、と、少女の外見をした者達が、頬を染め合っている。どこもかしこも恋の季節のようだった。
特に変わったことは無かったので、しばらくの間見て回ってから、ナザリアは塔の最上階へと戻った。
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