第4話 自己紹介

「レイナ様は、ラクタ卿の後継者として、ずっと厳しい修行に耐えてきたんでしょう?」


 ルイゼ卿が声をかけると、レイナが悠然と笑う。


「ええ。日々、努力の連続でしたわ」

「周囲のライバルを蹴散らしてその座についたのですから、よっぽど肝が据わっておいでなのでしょうし、知謀策略にも長けているのではなくて?」


 エリザベータが頬に手を添え、唇の両端を持ち上げる。それから彼女はレイナの胸元を見て、チラリと自分の体に視線をおろす。常々エリザベータは豊満な胸について誇っていたが、どう見てもレイナの方が胸が大きい。だというのにエリザベータよりレイナの方が細い。サンドイッチを食べながら、エリザベータの視線の動きを眺めていたナザリアは、レイナが目をつけられた瞬間を目撃した。


「ええ、そうですわね。這いつくばって泣いているだけでは、なにも変わりませんもの。私は、相応に努力致しましたわ。この席につき、そして……」


 だが驚いたことにレイナは否定せず、受け流すでもなく素直に頷いてから、チラリとナザリアを見た。丁度一つ目のサンドイッチを食べ終えたところだったナザリアは、目が合ったので首を傾げる。


「……いいえ、なんでもありませんわ。つい、戯言を申してしまいました。これでも緊張しておりますの。申し訳ございません」


 レイナが微笑する。ちょっときつめな顔立ちの美人である。本日は、金色の髪によく映える、青いドレス姿だ。ナザリアは、今日も和柄のドレスで、青色の生地に銀の糸で鶴が縫い込まれている。


 その後も、ナザリアは特に喋らず色々と食し、他の三名が喋っていた。もう一人、特に口を開かなかったのはユリズ卿である。ユリズ卿は、必要最低限しか話さないことが多い。だが、話を振られれば答えるし、適度に相づちは打っていたので、話を聞いていなかったわけではないだろう。


「ところでレイナ卿。貴女も五賢人になったからには、塔の采配に関して遠慮なく口を出して構わないわ。なにか、したいことはあるのかしら? まさかなんのプランもないということはないでしょうね?」


 エリザベータ卿の声に、レイナが笑顔で大きく頷く。


「私は、五庭の枠組みを超え、それぞれの優秀な者が通う学校を作ってはどうかと考えております。現状の、各庭の内部で完結した教育体制では、限界があると考えておりますの」


 堂々と言い切ったレイナを見て、ナザリアは中々気合いが入っているなと考えた。それに実際に悪くない案でもある。


「まぁ、なるほど。塔のことをまだ知らない未熟なお考えの方らしい発言ね」


 エリザベータ卿がクスクスと嫌味に笑う。


「五庭では、それぞれ専門性にすぐれた女子を育成しているのですわよ? そのために五つに分かれているのですわ」


 ナザリアは複雑な心境になった。それは、現在では真のように言われているが、デマだ。戦争があったナザリアが本当に十七歳の魔術師だった当時、塔に保護され、塔の中で避難した女性の指揮を執っていたのが、ナザリアをはじめとした五人の魔女で、五賢人評議会というのは、当初はその五人が集まって話し合いをする場だったのが、いつの間にか周囲からそのように呼称されるようになっただけである。


 ナザリアは生まれつき非常に膨大な魔力を持っていて、物心ついた頃から英才教育を受けていた。魔族との戦争のために、攻撃魔術の教育を受けた、戦略魔術師と呼ばれるある種の兵器のような存在だった。理論も身につけていたため、避難後に不老長寿魔術や同性妊娠魔術を生み出す際にも知識提供をした。


 これを考えると、五庭で、英才教育をし、特定の技能を伸ばすというのも悪いことでは無いだろう。ただ問題は、なにに適性があるのかが判明する時期や、本人の興味関心についてだろうか。だがそれらが分かってからでは教育するのが遅いと、エリザベータ卿はいいたいのだろう。


「まぁ、部分的に交換留学なんかはしてもいいんじゃないのかなぁ……?」


 ルイゼ卿が折衷案を出した。ルイゼ卿は昔から柔軟だ。


「具体的に議題としますか?」


 ユリズ卿が淡々と訊ねる。するとレイナが、ナザリアを見た。


「ナザリア様は、どう思われますか?」


 ナザリアは、『卿』ではなく『様』と呼ばれたので、やはり過去にどこかで会ったのだろうと考えた。だが、いっこうに思い出せない。


「焦ることはないんじゃないかな。私達には、膨大な時間があるわけだし、レイナ卿がよいと思ったタイミングで議題にすればいいと思うけど」


 ナザリアがそう答えると、レイナが目を伏せて、頬を持ち上げる。


「よろしければ、レイナとお呼び下さい、ナザリア様」

「ん? うん? レイナ、さん?」

「はい」

「レイナさんと私って、もしかしてどこかでお会いしたことがあるのかしら?」


 分からないことは訊いてしまおうと、ナザリアが言う。


「ええ。以前、助けて頂いたことがございます」

「そうなんだ? 私は名前の呼び方にこだわりがないから、貴女が希望するならそう呼ぶけど、この場ではもう、ここにいる五人は、全員対等だから、あんまり気にしなくて良いんだからね? 特に、助けたとか、助けなかったとか、そういうことは」


 勿論、多数決でなにかと決定される場なので、誰をいつどのように支持したかでもめることもあれば、事前に根回しすることだってある。だが、善意を笠に着て利用しようとするようなことは、ナザリアは好まない。


「ありがとうございます、ナザリア様。お会いできて、こうしてまたお会いできて、本当に光栄ですわ」


 レイナはそう言うと、非常に嬉しそうに笑った。そんなに喜ばれるようなことをしたのだろうかと、記憶に無いナザリアは若干気まずい思いをした。


 この日はそのように、一時間程度雑談をし、五賢人評議会は終了した。




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