第3話重力園

 一刻は村を出た後、広大な草原をひたすらに歩き続けていた。体力は消耗し、体制も何となく前かがみになっている。


ひとつ隣って言ってた割に、随分と遠いじゃないか…まぁあれだよな。異世界って大体移動手段が転送系魔法とか、馬とかだもん、歩きはそう考えない世界だもんなー。


長時間水も無く、太陽の光を浴び続ける一刻は、時折意識が飛びそうになる。

くらっとした時は必ず自分のTシャツを見る。

すると、心の中のトモちゃんの声が聞こえる。


「シャドウマンボ、ここで倒れたらもう二度と推し活できないわよ。せいぜい頑張りなさい。」


cuticleのクール担当で少しSっ気のある彼女なら必ずそう言うだろう。


脳内再生余裕だぜ―――!


こうやって定期的に推しを摂取することで生きながらえている。


 何とか木陰に辿り着いた。木に寄りかかり、腰を下ろす。日陰の涼しさと時折ふく風が今まで歩いてきた自身とトモちゃんを癒してくれる。


 ふと、胡桃のように小さな木の実が一刻の横に落ちてきた。


落ちてきた…重力、か。


今の一刻は、「重力」という事象に敏感になっている。

一刻は木の実を見つめた。その後自分の掌を見つめて、


「重力園!」


と、掌を木の実に向けて叫んでみた。

しかし、何も変化がみられない。拾ってみても重くなった感覚がない。


やっぱり、さっきのはまぐれだったか―――


残念がる様に木の実を雑に投げ捨てた。すると、


グンッ!


本来軽い物がする落ち方では無い。ボウリングの球を精一杯両手で振り上げた時の落ち方を見せた。驚いた一刻は投げ捨てた木の実の方へ駆け寄った。


「な、何だこれ…」


見ると、木の実の落ちたところが窪んでいる。一刻の重力園は発動したのだ。


なるほど、一度触れなきゃ発動しないのか。ありがちな設定だな。複雑じゃなくて助かった…


その後、この木の実を使って何回か実験をしてみた。そして、重力園の力をある程度理解できた。


一、重力を操作するから、重くする以外に軽くすることも可能である。


二、本人がもう一度触れる、もしくは1分程度で重さは元に戻る。


三、重さを変更しても、その物質の耐久力や持久力は変わらない。


中でも特に嬉しかった機能というのが、使こと。これを使って一刻はある画期的な移動方法を身に付けた。


そう。空中浮遊である。


自分にかかる重力を緩和して、段々と体が宙に浮く。ある程度の高度に達したら、少し自分の重さを戻して均一の高さに留まれるようにする。そしたらあとは、風を待つのみ。風が吹いたらその方向へ一刻を共に運んでくれる。


こんな事もできるなんて…僕やっぱ天才かもしれないなぁ。


―――逃げてる時は必死だったから気にしてなかったけど、なんて美しい世界だろう…


一刻は空から見る異世界に心奪われる。

広大な草原、雲ひとつない青い空、花を撫でる爽やかな風。地球上どこを探しても見当たらない絶景が目の前に広がっていた。


 順調に風が一刻を運んでいる。すると、草原の景色にひとつ違うものが映った。


―――ん?あれは、滝か。滝があるってことはつまり、川に繋がってるってことだよな。川が近いってことは都市が近いってことか!


一刻は期待を胸にぐんぐん進み、少し早めに滝まで到着した。

あの時少し練習した様に注意深く地面への着地を試みる。が、誤って一気に重力をかけてしまい、勢いよく地面に激突した。


いてて…まだこの移動法には改善点がありそうだ。


 一刻が来たのは川の上側。つまり滝の上である。滝の近くに行くと、しぶきが虹を作っている。この辺はさっきの雰囲気とはガラッと変わった。

開けた土地の向こうに森が広がり、滝のしぶきのおかげなのか、草花がよく伸びている。

滝の音がうるさく響いている。滝から見下ろすと、高さはおよそ十数メートルはあるだろうか。


 多分、ここの林を抜けたら都市が広がってるはずだよな。大体異世界っていうのはモンスター避けのための林で都市を囲んだりするもんだもんな。…そういや、まだ一回もモンスターに会ってない気がする…


―――その立てたフラグは既に回収される。

林の向こうから、ドスン、ドスン、と地響きが鳴る。林の鳥達は逃げ出し、音が通った後は木がなぎ倒されている。


何だ?この音?


どんどんこちらへ近付いてくる。もう後20メートル先にいるだろう。


と、突然こちらへ走ってくる女が、林の中から現れた。


「あっ、そこの人!助けてくださーい!!」


「はっ?えっ、何ですか?」


「ウルフコングです!しかも超でっかい!あなたもここにいるってことは同じ挑戦者ですよね?協力しません!?」


うるふこんぐ?挑戦者?何を言ってるのかさっぱりだ。しかし、そんな事よりも…


何この子!?かわよっ!ユウちゃんじゃん!


異世界恒例、美男美女しかいない設定。まさか自分の来た世界もそうだったとは…と、一刻は心の中で拳を突き上げた。なんならこの女は、桃色のロングストレートヘア。桃色の地毛なんて初めて見た。

現世にいたらそこら一帯パニックになるだろう。


おまけに、cuticleのユウに似ている。これは自分が力にならなくてはなるまい。

一刻は今、重力園という能力を持っている。もしかしたら、力になれるのではないか。


「やるだけ、やってみます!」


と自信あり気に返事した。


「ほんと!?ありがとう!私ユートピリカ!援護するから、あなたは前に出て!」


「任せて!ユウちゃんっ!」


「えっ?君もうあだ名つけた?…まぁいいや、来るよっ!」


ユートピリカがそう言うと、何も無い空間から弓が生成され、背負っていた矢筒から矢を取り出してやや斜め上に標準を合わせた。


すごい…魔法か?異世界人はやっぱり皆んな魔法使うんだ…!弓をつがえる姿もカワイイ!



 一番手前の木をなぎ倒し、ついにウルフコングとやらの姿が現れた。全長4mほど。

血に飢えた赤い目、銀と黒の入り交じった体毛、人間なんて簡単に握り潰せそうな屈強な腕。

要は、狼の顔にゴリラの体がくっついた感じだった。

ウルフコングは喉を鳴らしながら様子を伺っている。ユートピリカは臆せず限界まで弓を張っている。


ここに、五十嵐一刻、異世界生転移後初の戦闘の幕が上がる。


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