第2話じゅうりょく円
一刻の動きは完全に停止している。さっきまで自分の部屋で配信見て、わさび太郎とやりあって、所持金16円になって…
で、今ここにいる。わけが分からない。
見たところ、屋根の低い家々が並び、水車が回っていて道も土で舗装されている。到底現代の日本には思えない。なんなら、こちらを見る村民達も、今どきの服装をする者は一切おらず、質素なものばかり。
しかも顔立ちが皆日本人離れしてるような…
アジア系と言われればそれっぽいけど、ヨーロッパ系でもありうる顔。
どこ?この村…青森か?青森の最端の閉鎖村か?いや、それにしては寒くないぞ…なら島根とかか?
一刻はやっと体制を変えると、体の隅々を手で探った。どうやら所持品確認のようだ。
スマホはある。右ポケットには…10円ガム。それ以外は何もない。とりあえずスマホを開いて位置情報を確認しようと試みる。
が、圏外。一旦、心を落ち着かせるためにガムを口に含む。
少し間を置き、深呼吸してから、一番近くの子連れの女性に話しかけた。
「あの、ここって―――」
「不気味な人間が、話しかけるなっ!」
かなり恐れられている、というより気味悪がられている。女性は子供の手を引いてどこかへ行ってしまった。
僕って不気味なのか?あ、いや、確かに…村の真ん中で逆境スマイルを大熱唱したんだもんな。
この地域の人達はcuticleなんて知らないだろうなー。このTシャツも、トモちゃんのプリントだし。言われてみれば不気味な人間は僕の方か。
と、自分を分析したのはいいものの、ただ虚しいだけだった。
すると、向こうから男がやってきた。
「やい、貴様!奇妙な格好をしているな。マダム、あなたの言う変質者とは、こやつかな?」
「はい、保安官様。突然道の真ん中に現れて謎の歌を詠唱しておりました。」
保安官?僕通報されたのか?
体つきの良い毛むくじゃらのその保安官は、西洋の甲冑のような鎧を身につけていた。奇妙な格好とはどちらのことか。謎の歌?詠唱?どこの宗教だよ、と、一刻には疑問が尽きない。
「答えよ!貴様は何者か?」
「えっと、僕もちょっとどういう状況かわかんなくてですね、なんか気付いたらここにいて、って感じなんですけど…」
「自分の身分を明かせぬと言うのか?」
「そうじゃなくて!僕の名前は五十嵐一刻、祖国は日本。東京千代田区住み。21歳、彼女は3年付き合ってる人がいます!」
やや早口で言った。しかし、保安官は首を傾ける。
「トーキョー?チヨダ?ましてはニホンという国すら知らぬな。貴様、適当な身分をでっち上げてるな?ますます怪しいぞ!」
は?東京知らない奴いんの!?てか、日本知らねぇの!?てことは海外?ならなんで日本語通じてんの?あぁ意味が分かんねぇ!
混乱する頭の中、一刻は何とか動揺を隠しながら質問してみる。
「で、では、この国はなんと言う国なのですか?」
「ここか?ここは『クルト』。国王クルト様の治める領域だ。そしてここは大都市『スート』の一つ隣の小さな村だ。して、貴様、通行証は持っておるのだろうな?」
「え、通行証?」
「もし持ってなければ即刻牢屋行きだ。もっていたら、貴様のことを酔っ払いと称して見逃してやろう。現に、窃盗、傷害は起きとらんのだしな。さ、通行証を見せてくれ。」
クルト?スート?通行証?こっちの方が訳分からんだろ。というか通行証ないと―――牢屋行き!?
一刻の顔が一気に湿ってくる。取り敢えずポケットの中身を確認する動作を何周か繰り返してみる。当然、通行証たるものがあるわけが無い。
そのじれったい行動に、ついに保安官がしびれを切らした。一刻の胸ぐらを掴み、一気に顔を近づけて言った。
「通行証が見当たらん様だな。即刻、貴様は牢屋行きだ!」
怒る保安官に掴まれたまま、一刻は宙に浮く。
「ち、ちょっと待って下さいよ!まだ探してる途中で―――」
一刻はふと視線を下に逸らすと、自分のTシャツが掴まれていることに気が付いた。
そう。推しである。
一刻は先程の弱々しい態度から一変。プルプルと、怒りで腕が震えている。
「よくもトモちゃんの顔をお前の薄汚れた手で鷲掴みしてくれたな…この罪は重い…重すぎる。許しては、おけないッ!!」
咄嗟に、噛んでいたガムを保安官の小手に吹き付けた。保安官も何も動じない。白い塊が小手に付着しただけ…
ただ、それだけだった。
いや無理ーっ!いくら格好つけて俺の嫁を守ろうとしたってこんなアーマードゴリラに勝てるわけねぇだろ!
「―――では、そのまま牢屋へぶち込むとするか。」
保安官が歩き出そうとした瞬間、カタカタと小手についたガムが揺れている。そして――
ガクンッ!
まるで重力を受けたかのように保安官の右腕
が地面に伏した。一刻は同時に手が離れた。
「なっ、何だこれはっ!貴様、何をした!?」
な、何だコレ―――アイツの腕につけたガムが重たくなった…のか?
よ、よく分からんけど逃げるチャンスだ!
「ぼ、僕は何も悪くないですからねーっ!」
「待っ、待てっ貴様ぁ!」
捨て台詞を吐くかのようにして、一刻はその場から走って退散した。走っている間に、一刻はこの世界の考察を始めた。
―――やっぱりここは青森でも海外でもない。スマホも繋がらないし、僕自身もヘンな能力も使った…はず。
恐らくここは、異世界かもしれない。
一刻自体、異世界転移系のラノベ知識はそこそこだが、雰囲気的に彼の思う異世界と解釈が一致したらしい。取り敢えずはここは異世界ということでジブの心を納得させることにした。
ところで僕の使った能力についてだけど、ガムを重くした…ガムに重力を強く与えた…
なんで僕はこんな能力なんだ?
重力、重力…じゅうりょく、じゅうりょく、じゅうろく、じゅうろく、16…はっ。
預金残高16円からきてるってこと?冗談じゃないよ―――
なら、この能力の名前は16円から取って、
「重力園」とでもしとくか。
とりあえず村を後にした一刻は、保安官がちらりと言っていた大都市「スート」を目指すことにした。
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