第16話
親昌がつけた案内役を先頭に為朝は夜の山間部を歩く。共に行くのは為朝の親衛隊である鎮西二十烈士と宗運が選んだ精鋭千の足軽。厳しい夜間の山の行軍であるが、為朝と鍛えられた鎮西二十烈士にとっては平野と同じだ。夜襲を宗筑後入道方にバレないようにたいまつもつけず、月明りと星明りの明かりだけでの行軍である。
無言で鉄棒を担いで歩き続ける為朝に鎮昌が近づいてくる。
「為朝様、親父と何を話してたんですか?」
「親昌とか? 鎮昌と守昌の父らしく、いい漢だという話だ」
「そうですか? 口うるさいだけの親父ですよ」
口ぶりは億劫そうに言っているが、月明りで照らされるその口元は嬉しそうに笑っていた。
それをみて為朝は愉快そうに笑う。
「親子仲が良さそうでいいことだ」
「勘弁してくださいよ。会えば説教ばかりなんですから」
「だからあまり親昌の屋敷に帰らないのか?」
為朝の問いに鎮昌は困ったように頭をかく。
「ええ、まあ。この年になって親父にぴったりというのもどうかじゃないと思いませんか?」
「だが、父親だけじゃなく、母親にだっていつまでも会えるわけじゃないんだ。親孝行できるうちにしておけ。いなくなってからでは遅いんだからな」
為朝にとって両親との思いではほぼなかった。前世においては子供の頃に暴れがすぎて九州に追放され。そこで自力で九州を統一したらその兵力を目当てに京に呼び戻された。その後の戦いにおいても冷遇され、戦闘の役に立たない兄達より下に見られていた。前世の母親の記憶などもほとんどない。幼少期に屋敷に引き取られ、そこでは母親の出自が卑しかったために他の兄弟にも冷たい目で見られた。
唯一、自分を買っていた長兄の義朝と敵味方に分かれたのもまた自分の孤立感を強くした。
今世においては阿蘇大宮司家の跡取りとして何不自由なく成長したが、自分の意志で父を隠居に追い込み、その関係は断たれたようなものだ。
そう思って為朝は親昌の肩を叩く。
「この戦いが終わったら守昌と共に親昌の屋敷にいって酒でも飲め」
「……はい。思えば親父と深く語り合ったこともなかったことですし、肥後に戻ったら守昌と共に一晩宴会でもしようかと思います」
「それがいい」
為朝が親昌にそう答えたところで案内役が立ち止まり、為朝を呼ぶ。
音を立てずに為朝が案内役のところまで来ると、木々を抜けたところに鷹尾城とそれを取り囲む少弐勢がいた。
「よく案内してくれたな。感謝する」
為朝の言葉に案内役は恐縮しながら頭を下げて下がると、それと入れ替わるように親常がやってきた。
「為朝様、行きますか?」
親常の獰猛な笑みに釣られるように為朝にも獰猛な笑みが浮かぶ。
そして為朝は鉄棒を高々と掲げながら大きく叫んだ。
「狙うは宗筑後入道の首! 者どもかかれぇい!」
その叫びと同時に真っ先に親常が走り出し、それに千の兵も続く。
為朝も敵陣に飛び込んで鉄棒を振り回して少弐方の足軽を撲殺しながら突き進む。
「宗筑後はどこぞ! 鎮西八郎為朝がその首を取りにきたぞ!」
その言葉に少弐方の足軽が騒めき、手柄首と思ったのか為朝に殺到してくる。
その足軽の集団を為朝は鉄棒で粉砕した。
為朝の鉄棒によって文字通り頭が粉みじんになる者や胴が圧し折れるのをみた足軽達は恐慌状態に陥り逃亡を始める。
それを追いかけるように為朝は鉄棒を振り回しながら突き進む。
そして為朝は宗筑後入道をみつけた。
馬に乗り白い頭巾を被った老将。甲冑に描かれた家紋がその人物を宗筑後入道だと示していた。
「宗筑後入道だな! 鎮西八郎為朝なり!」
さらに勇躍して突き進もうとする為朝の背筋に冷たいものが走る。
反射のように為朝が鉄棒を振り回すと、為朝の頭に向けて飛んできていた矢が叩き落とされる。
為朝がそちらを睨むと宗筑後入道によく似た漢が為朝に向けて弓を構えていた。
その漢は為朝の視線を受けると、怯むどころか大音声で告げる。
「私は宗筑後入道が嫡男・宗筑後守盛篤! 鎮西八郎為朝公の名を騙る者よ! 我が弓を受けよ!」
その言葉と同時に再び為朝に向けて弓が放たれる。為朝は飛んできた矢を再び鉄棒で叩き落としながら宗筑後入道の行方を確認すると、すでに先ほどいたところからいなくなっていた。混乱する戦場から離脱したのだろう。
為朝も馬廻りである鎮西二十烈士がいれば追撃したが、今は戦場を混乱させるために鎮西二十烈士もその場にいないために、為朝は狙いを宗筑後入道の嫡男である盛篤に絞る。
「おう! 弓の名手で知られた宗筑後守盛篤か! 父親には逃げられたが、お前の首はもらっていこう!」
「ほざけ!」
盛篤に向けて駆け出した為朝に向けて盛篤は弓を三連射してくる。その高速の腕前に為朝は内心で感心しながらもその三矢を全て鉄棒で叩き落とす。
そして盛篤が次の弓を撃つ前に為朝の鉄棒が盛篤の頭蓋を砕く。
はずであった。
「龍造寺剛忠が孫! 龍造寺隆信推参!」
横から突如突き出されてきた槍を為朝は寸前で転がりながら避ける。そこに盛篤からの追撃の矢が飛んでくるが、為朝はそれを振り払いながら立ち上がった。
為朝が相手をみると、為朝と同年代くらいの若武者が槍を構えて為朝を睨みつけている。
「おう、威勢がいいな! 俺は鎮西八郎為朝! 名は?」
「肥前の龍造寺隆信! 筑後入道殿と盛篤殿は殺らせないぞ!」
「ならば守ってみせろよ!」
そう叫んで為朝は隆信に鉄棒を振り下ろす。その一撃を隆信が身軽に回避しながら突きを繰り出してくる。
その突きを為朝は槍を片手で掴んで止める。片手で隆信から槍を奪おうとする為朝と、両手で槍を掴みながら奪われまいとする隆信。
為朝は隆信のその剛力に感心する。
「たいした力だな、隆信。俺に匹敵するか。その体躯からして肥前の熊と言ったところか」
「その熊相手に力負けしないお主はなんなのだ……!!」
「鎮西八郎為朝よ」
そう言うと為朝は槍に込めていた力を少し抜く。それに全力で力を込めていた隆信は思わず態勢が崩れた。
為朝のほうに倒れそうになっている隆信をすれ違いざまに刀を抜いて首を落とそうとしたところで、為朝に向かって刀が振り下ろされ、為朝はそれを鉄棒で受け止めることになった。
「隆信殿! 父上から引き鐘が鳴らされている! このまま撤退する!」
馬上から盛篤が刀を振り下ろし、為朝がそれに反撃しようとすると、盛篤の兵士と龍造寺の兵士が雪崩れ込んでくる。
それらの兵士を相手にしている間に隆信は馬に乗り盛篤と共に離脱し始めていた。
「次は必ずその首を貰うぞ!」
「楽しみにしておこう」
盛篤と隆信が殿軍であったのだろう。二人が離脱すると鷹尾城を包囲していた軍勢はいなくなっていた。
残敵を掃討しながら為朝のところに鎮西二十烈士と配下の兵千が集まってくる。
返り血を浴びた親常が為朝に尋ねてくる。
「どうします? 追撃しますか?」
その問いに為朝の脳内に馬琴の忠告が思い浮かんだ。
「いや、やめておこう」
その言葉に驚いた表情になる親常。
「こいつは驚いた。為朝様がそんなこと言うなんて。明日は嵐か?」
「戯言ほざくな。今回の夜襲の目的は鷹尾城の包囲を解かせることだ。それができたんだから少ない兵で無理をする必要もない」
「まぁ、それもそうですね。んじゃ、鷹尾城に入城しますか?」
「ああ」
(だが、入城したところで鬼がでるか蛇がでるか……宗運がはやいところ到着してくれるといいがな)
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