第17話
為朝は宗筑後入道が完全に撤退したのを確認してから鷹尾城に入る。鎮西二十烈士と千の兵を連れて入城した為朝を迎えたのは鷹城城主で筑後国衆の田尻親種であった。
兜を脱ぎ、為朝を出迎えた親種は笑いながら頭を下げる。
「援軍感謝いたします。田尻親種です」
「鎮西八郎為朝だ。無事のようで何より」
「ははぁ。宗筑後入道に攻められているときは生きた心地がしませんでしたが、九州にその武勇を鳴らす鎮西八郎様とそのご家臣の奮戦をみて、私も興奮いたしました」
「その割には城内からの出撃はしなかったのだな」
そう口を挟んできたのは親常であった。その親常の言葉にもどこか棘がある。普段の親常からは考えられない言葉に為朝は少しだけ驚くが、表情には出さない。
親常の言葉に親種は困ったように頭をかく。
「正直なところ私達が驚いている間に鎮西八郎様達が宗筑後入道の軍勢を蹴散らしてしまったため、出る機会を失ってしまったのです」
「む……そうだったのか」
親種の言葉に親常は言葉を詰まらせながら軽く頭を下げる。それに対して笑みを浮かべながら親種も謝る。
すると親種は後方に呼び掛けて一人の少年を呼び出す。その少年は緊張した面持ちで為朝の前にやってきて礼儀正しく頭を下げる。
「田尻親種が嫡男、田尻又三郎です」
「私が鎮西八郎様に臣従した証として、隈本までお連れください」
親種の言葉に為朝は顔を顰める。
「人質ということか?」
為朝の言葉に親種は黙って頭を下げている。
つまり、人質ということだろう。
「親種」
「は」
「俺は信じると決めたら疑わぬ」
「は?」
驚いた表情の親種と又三郎の親子の顔をみながら為朝は言葉を続ける。
「俺に臣従するという親種を俺は信じた。漢が漢を信じたのだ。ならば人質など不要だ」
そう言って為朝は爽やかに笑って又三郎をみる。
「みたところ又三郎は良き漢になりそうだ。そんな漢を人質とするなどこの為朝の名折れよ」
そう言って為朝は大笑いをする。困った表情になっている親種と又三郎に助け船を出したのは親常であった。
「為朝様、ここは又三郎殿を引き取っては如何か?」
「何を言う親常。この為朝。信じた漢を疑う真似はしたくない」
「そうじゃありやせん。又三郎殿はなるほど見事な武者になれるやもしれません。ですが、為朝様の近くにいればその武者振りがさらに良くなるとも思えませんか?」
「ふむ、なるほど。又三郎を俺が育てるということか」
「その通りです」
親常の言葉に為朝は少し考えている様子であったが、すぐに頷くと親種に話しかける。
「承知した。又三郎殿は俺が預かろう。田尻家の嫡男として恥ずかしくないもののふにしてみせよう」
その言葉に親種は笑顔で頭を下げる。
「感謝いたします。まだ至らぬ息子でありますが、よろしくお願いします」
その親種の下げた瞳に暗い光が宿っていることに気付いているのは息子の又三郎だけであった。
鷹尾城内の大屋敷。親種の案内でここを為朝の宿舎として使うことになった。
屋敷の周囲を千の兵が固め、屋敷の中には鎮西二十烈士が目を光らせている。
そんな屋敷の中で為朝は親常と向かい合って座っていた。二人ともまだ甲冑を脱がず、いつでも戦闘に参加できるようにしている。
出された酒には手をつけず、為朝は親常から注がれた水を飲みながら口を開く。
「親常、親種をどうみる」
「正直なところ信じれるか半々といったところかと」
為朝や宗運、そしてその宗運の意向を受けて親種をみていた親常は、臣従してきた親種を信じることができずにいた。
「城内の兵の怪我人が少なすぎます。それに怪我をしている者もどこかわざとらしい」
為朝の命令を受けて城内を見回ってきた親常は、城内の怪我人の少なさ、そして大けがを負っている者のどこか演技くささを感じ取っていた。
親常は為朝の影響を受けて武勇一辺倒の漢ではあるが、宗運と親房の実弟である。その観察眼は信頼に足ると為朝はみていた。
その親常が怪しいと言った。それが為朝の心にも引っ掛かる。
「……宗筑後入道が策か?」
「あり得ぬことではないかと。為朝様を城内にいれ、筑後入道の軍勢を手引きして為朝様を討つ」
親常の言葉に為朝は腕を組んで天井を見上げる。その考え込む為朝をみて親常も言葉は続けない。
しばらくの無言の後、為朝はゆっくりと口を開く。
「親常」
「は」
「俺は親種を信ずる」
為朝の言葉に反論しようとする親常を手で制して為朝は言葉を続ける。
「先ほど、俺は親種は信じると言った。その言葉を嘘にしたくない」
為朝の言葉を親常は黙って聞いている。
「俺は親種を信じると決めた。それに親種は嫡男を人質にまで出してきた。俺を裏切るということは息子を捨てるということだ」
そこまで言って為朝は悲しそうな表情になる。
「俺は子を捨てる親などいないと思いたい」
前世において為朝は一度父に捨てられた。その生来の気性から追放された九州を武力を持って統一した為朝であったが、父に上洛と言われて素直に上洛した。
あるいは捨てた父など放っておいて、九州での統治を続けていれば九州で独立できたかもしれない。
だが、元来情に厚いに為朝は父を見捨てられなかった。
たとえ自分が捨てられても、自分が捨てることはできない。それが為朝の美点であり欠点であった。
そんな為朝のことを為朝の家臣達は好きである。そういう人物だからこそ、九州の統一、そして日本の統一という途方もない夢を為朝と共に歩もうとしている。
親常は一度大きく息を吸うと、大きく吐いた。
「まぁ、それでこそ俺達の大将です」
「すまんな。迷惑をかける」
「ははは! なに、俺の迷惑など大したことありませんよ! まぁ、上兄者が苦労するでしょうがね!」
親常の言葉に為朝からも笑みが零れる。
「宗運には苦労をかけてばかりだ」
「上兄者も文句を言いながらもそんな為朝様が好きだからいいのですよ」
そう言うと親常は笑いながら立ち上がる。
「では、俺は筑後入道の奴が夜襲を仕掛けてきても大丈夫なように兵をみておきます。為朝様は少しお休みになられてください」
「わかった。頼んだ」
そう会話している広間の外では又三郎が沈痛な面持ちでその会話を聞いていたのだった。
鷹尾城田尻親種の陣。ここでは武装した親種と又三郎が向かい合っていた。
「それで又三郎。為朝が陣営はどうであった」
「は。兵は夜襲を警戒しており、屋敷内には一騎当千で鳴る鎮西二十烈士の方々が守りについておられます」
又三郎の言葉に親種は舌打ちをする。
「ということは宗筑後入道殿の軍勢を呼び込むのはやめたほうが良いか」
「はい」
そう言うと親種は伝令を一人呼び、為朝の軍勢にバレないように鷹尾城から出す。
「そうなれば宗筑後入道殿の次策ということになるな」
「はい」
「又三郎」
「何でしょう」
親種は又三郎の顔に近づけて小声で話しかける。
「この後は宗筑後入道殿が入られた柳川城を攻めることになろう。その時にお主は為朝の側近くに控えることとなるだろう」
親種の言葉に又三郎は黙って頷く。
「機会をみて為朝を暗殺せよ」
「!?」
親種の言葉に又三郎は絶句する。そんな又三郎に言い聞かせるように親種は言葉を続ける。
「良いか又三郎。為朝の奴は日本の統一を目論んでおる。しかし、筑後の小さな国衆である儂らにそんな力はありはせぬ」
そして親種は恐ろし気な表情になって言葉を続ける。
「それにお主も宗筑後入道殿が策を聞いたろう。幾重にも張り巡らされた策。為朝は勝てぬ」
そんな親種の言葉を黙って聞いていた又三郎であったが、思い切ったように口を開く。
「しかし、為朝……為朝様は我らを信じると。臣従してきた私達を信じ、最初は私の人質すら取ろうとされませんでした。そんな為朝様を裏切ること、武士として……いえ、漢として裏切ってよいのでしょうか」
その言葉に親種の表情を歪む。そして苦渋に満ちた言葉を絞り出す。
「確かに為朝殿には魅力がある。従って共に未来をみたいと思わせる魅力がな」
「ならば!!」
又三郎の言葉に親種は黙って首を振る。
「だが、為朝殿は宗筑後入道殿には勝てぬ。良いか又三郎。儂らのような小さな国衆は負ける相手についてはならぬ。全ては家を生き残らせるためにな……」
親種はそう言うと勢いよく盃を干すのであった。
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