第14話
隈本城大広間。上座に座っている為朝は一枚の書状を前にして難しい顔をしている。傍らには祐筆の馬琴だけが侍っており、他の家臣達は急速に発展する隈本城や城下町、そして他家との外交のために領内を飛び回っていた。
「為朝様」
「おお、来たか」
そこにやってきたのは法衣姿で頭を剃り上げている宗運。急いでやってきたのか剃り上げた額からは汗が垂れている。
汗を拭った宗運は為朝の前に座って頭を下げる。
「私をお呼びということで……何かありましたか?」
「親昌を通じてこんな書状が届いた」
そういって為朝は書状を宗運に手渡す。宗運はその書状を頭を下げながら受け取ると中に目を通す。
そして厳しい表情になった。
その表情をみながら為朝は言葉を続ける。
「鷹尾城の田尻親種のからの書状だ。こちらに臣従したいから筑後の少弐勢力を討伐して欲しいと言ってきた」
肥後北部に所領を持つ隈庄親昌は宗運の命令を受けて、筑後国衆である鷹尾城の田尻親種に調略を仕掛けていた。
「宗運、確か親種への調略は上々と言っていたな」
「はい」
宗運の即答に為朝は腕組をとき、真剣な顔で告げる。
「策の気配がする」
為朝の言葉に宗運が今度は腕を組んで考え込む。
「隈庄殿はなんと?」
「親昌は策などではないだろう、と。その証に親昌の手の者が勝尾城で宗筑後入道と田尻親種が言い争っている姿を見たそうだ」
為朝の言葉に宗運は益々難しい表情になる。
「為朝様がこれを筑後入道殿が策と看破したわけは?」
「勘だ」
為朝の即答に宗運は一瞬だけ唖然とするが、すぐに苦笑いする。
「なるほど。昔からよく当たる為朝様の『勘』ですか」
「その通りだ」
今世の幼い頃から為朝は妙に勘が良かった。為朝の良い勘も嫌な勘もよく当たる。それは守役である宗運もよく理解していた。
しばらく考えていた宗運だったが、考えを纏めたのか口を開く。
「まず、田尻親種の臣従の書状。疑う点はございません。筑後国衆の大将である宗筑後入道と争ってしまい、少弐方としていられなくなってこちらに臣従を申し出る。そしてこの田尻親種の臣従を手とし筑後に侵攻して平定する……まさしくこちらには思惑通りの状況でございます」
「その言い方だと宗運も何か思うところがあるな?」
「左様。こちらに都合が良すぎるのです」
そう、この展開は為朝にとって都合が良すぎた。確かに筑後国衆の中に臣従してきた内通者を作り、そこから一気に筑後を平定する。それが宗運のたてていた戦略であった。
それだけをみるならば今回の臣従はまさしく渡りに船であった。
「いくらなんでも早すぎます」
「その通りだ」
筑後の田尻親種への調略を始めてからまだ一か月程度しかたっていない。しかも、その間に一度は筑後国衆は宗筑後入道の下で纏まっていたのだ。
「為朝様、田尻が筑後入道殿と争った理由はお調べですか?」
「親昌が調べている。すると原田隆種との所領問題があったらしい」
為朝の言葉に宗運は益々難しい表情をする。
確かに田尻と原田の所領は接しており、前々から所領の問題があったのは宗運も承知している。何せ田尻を為朝のほうに引き寄せるためにそれを交渉の材料にしていたからだ。
しばらく無言でいた宗運であったが、やがて重々しく口を開く。
「これまでのお話を聞く限り、これは間違いなく原田の臣従の証でしょう。そしてこれは為朝様の筑後平定の口実として文句はありません」
「宗運」
「は」
「己を納得させるための詭弁でなく、お前の本心を言え」
為朝の言葉に宗運はハッとした表情になると、すぐに一度だけ頭を下げて真剣な表情で口を開く。
「これは為朝様を討とうする筑後入道殿が策でしょう」
「……やはりそうなるか」
「は。それに筑後入道殿は私が産まれる前から少弐を背負って大内や大友と渡り合っている歴戦の士です。そう簡単にこちらに付け入る隙を作るとは思えません」
「その宗筑後入道は何故こんなに焦って俺を討とうとしていると思う?」
「考えられる理由は二つあります。一つ目は主君である少弐冬尚。調べている限り、少弐冬尚はよく家臣の話を聞く主ということ。しかし、それは讒言も容易く信じてしまうということです」
「宗筑後入道が讒言を受けたか」
為朝の呟きに宗運は頷く。
「元々、少弐冬尚や少弐重臣に受けの悪い龍造寺一族を庇っているのが筑後入道殿です。今回の大宰府攻略に関しても筑後入道殿と龍造寺一族の活躍は大きなものです。それに嫉妬した者が讒言をしてもおかしくはありますまい」
宗運の言葉に為朝は腕を組んで天井を見上げる。それをみながら宗運も言葉を続けた。
「二つ目の理由として筑後入道殿の年齢があります。もう老齢の域に達しながらも、隠居もできず少弐のために働いている筑後入道殿が、若く勢いのある為朝様を少弐の一番の障害としてみていてもおかしくはないでしょう。筑後入道殿が死ねば、少弐に目ぼしい武士は筑後入道殿の息子の宗筑後守殿を除けば龍造寺一族くらいなものです」
天井を見上げながら為朝は宗運に尋ねる。
「宗運、もし今回の田尻の臣従を無視すればどうなる?」
その言葉に宗運はぴしゃりと膝を叩く。
「筑後入道殿が老獪なところはそこにあります。もし、今回の田尻殿の臣従を無視すれば、『為朝は国衆のことなどどうでもいいと思っている』と吹聴しましょう。そうなれば為朝様の天下統一どころか九州統一も遠のきます」
為朝や大友、大内などもそうだが、大名と言われる家も小さな国衆の意向を完全に無視することはできない。何より、大名はそれら小さな国衆を束ねているとも言えるのであり、それを疎かにすれば国衆達はあっという間に離れて家は瓦解するだろう。
だからこそ宗運も今回の田尻の臣従は宗筑後入道が仕掛けてきた策だと看破しつつも、無視もできないのである。
難しい表情で腕を組んで考えている宗運をよそに、為朝は一度大きなため息を吐くと、軽く頭をかく。
「仕方ないだろう。宗筑後入道の策に乗る」
「為朝様!!」
「怒鳴らなくても聞こえる。しかし、仕方なかろう。無視すれば俺の天下は閉ざされる。ならば策だとわかっていても乗るしかあるまい?」
為朝の言葉に宗運は難しい表情をしながら黙り込む。それをみながら為朝はカラカラと笑った。
「安心しろ。如何に宗筑後入道が策を講じてきても、俺と鎮西二十烈士でそれを食い破ってやるわ」
「……戦には万全の支度を整え、宗筑後入道の策の付け入る隙をみせませぬ」
「うむ、任せた」
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