第13話

 宗運との軍議を終えた為朝は親常と馬琴を供にして隈本城の城下町を歩いていた。為朝が本拠と定め、宗運がその才能を惜しみなく発揮して建築されている隈本城はもちろん、その城下町もいまだに建築途中であった。

 そのためにいたるところで槌音が響き、職人達の喧噪だけでなく、民達の往来や、新しい商いの臭いを嗅ぎつけた商人達も集まってきており、隈本城は為朝の本拠に相応しい場所となりつつあった。

 荷車を引いて急いでいる職人をよけながら為朝は親常に話しかける。

「つい最近まで人がいなかったとは思えないような喧噪だな」

「そりゃそうでしょう。なんでも上兄者が対馬の篠栗殿に声をかけて人を集めているそうですよ」

 親常の言葉に為朝はなるほど、と頷く。対馬宗氏の家臣・篠栗栄は世界を渡る貿易商人であり、倭寇である。それに声をかければ九州だけでなく日本各地は当然として、世界の都市からも人が集まりかねない。

「為朝様、為朝様。あれを」

 為朝は馬琴に言われた方向をみると、金髪碧眼のみたこともない大柄な男達が複数人いた。

 少し驚いた表情で為朝は馬琴をみる。

「馬琴、あの者達は?」

「ポルトガルの商人達ですよ。どうやら篠栗殿はポルトガルの商人達にも声をかけたようです」

 それに口を挟んできたのは親常だった。

「だが、ぽるとがると言えば殿の将来の敵だろう? この城下町にいれていいのか?」

「そこはそれ、これはこれ、と言った感じなんでしょう。これからやっていくのならポルトガル商人達は日本にやってきます。明は海禁政策ですし、朝鮮もそれに倣っているようなもの。となればこの日本が最大の貿易相手となります。そのポルトガルが生み出す膨大な富、手に入れようと思ったその時に慌ててポルトガル商人を入れようと思っても手遅れ……だからこそ家宰の宗運様は最初からポルトガル商人達の商館をこの隈本に作らせているのでしょう」

「は~、なるほどなぁ。上兄者は考えることがいっぱいで大変だ」

 馬琴の言葉に納得したように頷く親常。為朝となるほどと言ったように頷いていた。ポルトガルの商人達が珍しいのか、民や職人達もポルトガル商人達をじろじろと見ているが、当のポルトガル商人達は慣れているのかあれやこれと商館に注文をつけているようである。その傍らには明らかに堅気じゃない人物がポルトガル商人と職人の会話を通訳していた。

「馬琴、ぽるとがる商人の近くにいる者は?」

「ああ、恐らくは篠栗様がポルトガル商人と一緒に連れてきた通訳でしょう。日本が明や朝鮮と使う言葉が違うように、当然ながらポルトガル商人の使う言葉は違います」

「どうみても民ではないな」

「そりゃぁ篠栗様が連れてきたんですから、倭寇でしょう」

 馬琴の言葉に親常は驚いた表情になるが、為朝は納得したように頷く。

 どうみても民ではない男だったが、篠栗が連れてきた倭寇であるならば、あの血の気配も当然と言えよう。

 ポルトガル商人達が建築途中の商館の中に入っていくのを見送ると、為朝達は再び歩きだす。

 喧噪がつつみ、活気に溢れる隈本城。これが今の為朝の勢力を表しているとも言える。

 為朝達の傍らを子供達が笑顔で走り去っていくのを見送りながら為朝は歩みを進める。

 建築途中だった商人町や民の住居を抜けつつ、為朝達がやってきたのは巨大な工房であった。

「邪魔するぞ」

 そう言いながら為朝が中に入ると、工房の中はすさまじい熱気に包まれていた。槌を片手に刀を叩く者や矢じりを作る者。

 ここは為朝軍の心臓とも言える武器を作る工房であった。その巨大さは工房一軒が一つの町をなしているほどである。

 武器を作る工房なだけに、宗運は最優先でここを建築させ、そして大量の鍛冶職人達をここに入れた。それによってここは未だ建築途中の隈本城において唯一完成された建築物であった。

 武器を作るところなだけに、為朝も頻繁に訪れるために顔見知りの鍛冶職人も多い。それらに挨拶をされながら為朝は目的の人物を探し当てる。

 為朝の鉄砲奉行である村山惟民であった。

 為朝と同年代という若さの惟民は、鉄の筒をみながら難しい表情をしている。

「惟民」

「あ、これは為朝様」

 工房という場所なので、軽く頭を下げるだけの惟民に軽く手を振って頭を上げさせると、為朝は最初から本題に入る。

「どうだ? 鉄砲の生産はできそうか?」

 鉄砲奉行である惟民に命じたのは鉄砲を自前で作ることであった。

 確かに篠栗が優先的に仕入れてくれているとは言え、輸入に頼るのは不安であった。そこで為朝は惟民に鉄砲の生産と改良を命じていたのである。

 為朝の言葉に対して惟民は苦笑する。

「細かい部品は生産が可能なのはわかりました。こちらです」

 そう言って惟民は鍛冶職人に指示を出す。すると鍛冶職人は二つの箱を為朝に差し出してきた。

「左の箱が分解した鉄砲の部品。右の箱がそれを参考に職人に作らせたものになります」

 惟民の言葉に為朝は箱からそれぞれ部品を取り出してしげしげとよく見てみる。その出来映えは素晴らしく、まさしく同一のものと言えた。

 箱に部品を戻しながら為朝は惟民を労う。

「よくできている。この短期間でよくやってくれたな」

「は! ありがとうございます! これもみな職人達がよくやってくれたからです」

「わかっている。みなもありがとう」

 為朝の言葉に手が空いていた職人達は頭を下げた。

「これならば鉄砲の生産はできるか?」

「いえ……為朝様、こちらをご覧ください」

 そういって惟民が差し出してきたのは日本の鉄砲の筒の部分。為朝は一本目を受けとると、惟民にその筒を覗くように言われて覗き込んでみる。するとまっすぐに伸びた筒は反対側がみえている。

 次に為朝は二本目を受け取って筒を覗いてみる。

「うん? 少し曲がっているか?」

 為朝の言葉通り、二本目の筒は反対側が見えなかったのである。

 その為朝の言葉に恐縮そうに肩を竦める惟民。

「はい、二本目のほうが私共が作ってみたものでございます。御覧の通り曲がってしまっていて使い物になりません」

「曲がってたら駄目なのか?」

「はい、鉄砲はその筒に鉛玉を入れ、中で火薬を爆発させて鉛玉を撃ちだします。そのために筒の部分が曲がってしまっていると撃ちだすことができず、それ以前に鉛玉も入れることができません」

「なるほどな」

 為朝は持っていた筒を親常に渡すと、親常も興味深そうに筒を覗き込んでいる。それをみながら惟民も言葉を続ける。

「先の戦でわかりましたが、鉄砲はあまり連続で使用しますと、この筒の部分が熱を持ち曲がってしまうことがあります。そうなるともう使い物になりません」

「ふうむ、強い武器だと思っていたが思わぬ落とし穴であったな」

 為朝の言葉に惟民は強く頷く。

「ですが、逆に言えばこの筒の部分の生産ができれば、使い物にならなくなった鉄砲の筒と交換することで戦場でもすぐに再使用が可能です。無論、それには解体しやすく、組み立てやすいように鉄砲の改良が不可欠ですが……」

「許す、どれだけ金子がかかってもいいからやってくれ」

「はは!!」

 惟民が嬉しそうに頭を下げているのをみて、為朝は先ほどのポルトガル商人達を思い出した。

「そうだ、惟民。さっきここに来るまでに、城下町にぽるとがる商人の商館ができているのをみかけた」

「なんと! ぽ、ぽるとがる商人もおりましたか?」

「ああ、初めてみた連中だから面食らったが、近くに篠栗がよこした通訳もいるから会話は可能だろう」

「それはなんと救いの手が! 申し訳ありません、為朝様。その者達のところに行ってきてもよろしいでしょうか?」

「構わん、行ってこい」

 その言葉に惟民は嬉しそうに頭を下げると、解体した鉄砲と複製した鉄砲の部品を持って何人かの職人を連れてでていく。

 その時に為朝の傍に控えていた馬琴が一枚の紙を惟民に手渡し、惟民もそれを確認すると馬琴に頭を下げてから工房を出て行った。

 目的は達したので工房から為朝は出る。熱気が篭る工房から出ると、爽やかな風が為朝を撫でた。

 大きく伸びをしてから為朝は馬琴に尋ねる。

「惟民に渡してた紙。あれはなんだ?」

「ポルトガル商人の商館の地図ですよ。この後はどうされますか、為朝様」

 馬琴の言葉に為朝は腕を組んで考え込む。何せ目的であった鉄砲の生産状況はわかったから屋敷に戻ってもいいのだが、そんな気分でもない。

「そうだな……せっかくだから隈本湊まで足を延ばすか」

 隈本湊。隈本城の近くに作られた巨大な港町で、隈本城とは道路で繋がれている。これも宗運が優先して作ったものであり、すでに篠栗を筆頭にした交易商人達が集まってきてそこそこの規模の港町となっていた。

 為朝達三人は馬に乗ると宗運が作った道路を駆ける。すると半刻もしないうちに隈本湊についた。

 隈本湊に常駐している家臣に馬を預けると為朝は隈本湊の中を歩く。港には大きな貿易船が数隻停泊しており、陸地では荷揚げをしている水夫や商人達でごった返している。その喧噪は隈本城の喧噪より上であり、とあるところで商人達がお互いに笑顔で値段をつけあっているかと思えば、ある場所では水夫同士の殴り合いが起きたりしている。

 それをみながら為朝は笑顔になる。

「活気があっていいな。俺はこういう雰囲気好きだ」

 そう言いながら為朝が歩いていると、反対から急ぎ足にやってきた水夫とぶつかってしまった。

「テメぇ! 図体! デカインダ! 気ヲツケロ!!」

 水夫は相手が為朝だとは思っていないのだろう。思わずといった感じで怒鳴ってきた。袖をまくりながら前にでようとした親常を止めて為朝はのんびりと水夫に話しかける。

「日本語がおぼつかないな……どこの国の者だ?」

 為朝の言葉に水夫のほうは莫迦にされていると思ったのか青筋を浮かべながら為朝に詰め寄る。

「ア!? 俺ハ倭寇ノ頭目・王直様ノ配下ヨ!!」

 その水夫の言葉に為朝は篠栗が連れてきていた王直という漢を思い出す。苦々しくポルトガル商人のことを言うのが印象的な漢であった。

 そんな為朝の反応を莫迦にしていると思ったのか、水夫のほうは袖をまくって拳を作り始めている。周囲も『喧嘩だ! 喧嘩だ!』と嬉しそうに水夫や商人達が集まってきて、その中ではどちらが勝つかの賭けまで行われ始めた。

 引くこともできないと思ったので為朝も袖をまくって拳を握る。それをみて馬琴は哀れな水夫に両手を合わせ、親常は為朝に賭けていた。

 水夫の拳が為朝に突き刺さる。海で鍛えられたその筋力は常人より上であったが、何より相手が悪かった。

 為朝はその一撃に微動だにせずに受け止めると、ニヤリと笑う。

「一発、返すぞ」

 その言葉と同時に為朝から振り切られた剛腕は水夫を吹き飛ばし、一撃で気を失わせた。

 それをみて引けなくなったのは水夫と同じ船の者達であった。倭寇として世界を渡る漢として一撃でやられては面目がたたないのか、次々と為朝に襲い掛かってきた。

 周囲の関係のない水夫や商人達は囃し立て、為朝は次々と水夫たちをぶちのめしていく。

『てめぇら! 何やってやがる!!』

 そこに明の言葉で怒鳴り込んできた漢がいる。

 顔を真っ赤にした王直であった。

 為朝に殴られて意識を保っていた水夫が慌てた様子で為朝を指さす。

『頭! このでかいのが俺達に舐めた態度をとったんでさ!!』

『馬鹿野郎!! この方が鎮西八郎為朝様だ!!』

 その場には明語を理解している者しかいなかったのだろう。王直の言葉に全員が驚いた表情をみせている。

 馬琴の通訳でその会話を理解していた為朝は軽く片手を挙げる。

「悪いな、王直。俺もちょっとこの空気に当てられたらしい。お前さんの部下を何人かぶん殴った」

 為朝の言葉に王直は恭しく拝礼する。

「いえ、鎮西八郎為朝様に殴られて命があるだけでも儲けものでしょう」

「はは! 違いねぇ!!」

 王直の言葉に親常が笑いながらつけたす。その反応に王直は少し笑うが、すぐに真面目な表情になる。

「ですが鎮西八郎為朝様、部下がいいようにぶん殴られてただで引くのは王直の名折れ。どうですが? 互いに一発ずつぶん殴って仕舞いというのは」

「いいだろう」

 為朝の即答に王直は二コリと笑うと一度手を叩く。

『聞いたなてめぇら! 互いに一発ずつでこれは手打ちよ!!』

 まだ気を失っている王直の配下の水夫も多いが、起き上がっている水夫たちからは王直に歓声がでる。

 それを背後に聞きながら王直は袖をまくる。

「どちらからで?」

「お前からこい」

 為朝の言葉に王直はニヤリと笑うと握り拳を作ってそれを思いっきり振りぬいた。

 それまでの水夫たちとは比べ物にならないその威力に、為朝は笑ってしまう。

 そう、為朝には笑うだけの余裕があった。そんな為朝をみて一瞬だけ王直は驚いた表情を浮かべるが、すぐに両手を後ろに組んで叫ぶ。

「こいやぁ!!」

「いい覚悟だ!!」

 王直の気迫に為朝も先ほどまでの水夫達を相手したときより力を込めてぶん殴る。

 一瞬だけ足が上がった王直であったが、すぐに力強く地面を踏みしめる。

「これで手打ちです」

「いいだろう」

 そこから王直はすぐに配下の水夫たちに指示を出して気を失っている者達を運ばせる。それを眺めながら為朝は袖を直しながら王直に話しかける。

「王直、手打ちとはなんだ?」

 その言葉に王直のほうが少し驚くが、為朝が世界にでたことのない武士なのを思い出して説明を始める。

「マラッカのほうで商談が決まった時に一度手を叩くんです。『ここで手を打ったんだから後からグダグダ言うな』って感じの意味ですね」

「なるほど。手を一度打つから『手打ち』か。世界には色々と面白いものがあるな」

「私も栄の頭目から聞いただけで実物はみたことありやせんが、天竺のほうには激しい踊りを踊って長く踊っていたほうの意見をいれる、なんて交渉もあるそうですぜ」

「ははは!! 踊りで決めるか!! それは血をみないでいい!!」

 為朝の笑いに王直も笑顔になる。だが、すぐに思い出したのか真面目な表情になる。

「鎮西八郎為朝様、明から鉄砲の発射に必要な物資を持ってまいりました」

「おお、そうか。助かる。宗運にもすぐに言って銀を支払おう」

 為朝の言葉に王直は嬉しそうに拝礼する。すると、がくっと膝が落ちた。

 尻もちをついてしまった王直に為朝は話しかける。

「俺の自慢は俺の拳を受けて立っている奴がいないことだ。それが王直に破られたかと思って冷や冷やした」

 その為朝の言葉に王直は苦笑いしながら返してくる。

「次は鎮西八郎為朝様に膝をつけさせましょう」

「おう、やれるものならやってみろ」

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