第12話
為朝が人吉城の相良晴広を攻めてから十日が経過した。人吉城を攻め落とし、相良晴広を斬った為朝は人吉城に重臣の西惟充を入れて南肥後の安定を図り、為朝本人は本拠地となった隈本城に戻っていた。
隈本城も為朝の本拠にするということで、宗運が縄張りをして改修を行い、それと同時に大規模な城下町も作り始めていた。
そんな木槌の音がなる隈本城の大広間で、為朝と吉法師は向かい合って座っていた。為朝の傍らには宗運と祐筆の馬琴がおり、吉法師の背後には吉法師の家臣達が並んで座っている。
「そうか、尾張に戻るか」
「ああ。見たかった鎮西八郎為朝という漢はみた」
「みてどうだった?」
為朝の問いに吉法師は闊達に笑った。
「まさしく保元の鎮西八郎為朝が生まれ変わったかのような漢だった。俺はこのような漢と日本のために天下を争えることを嬉しく思う」
「ははは! 言ってくれるな! だが、俺はまだ肥後一国を統一したにすぎんぞ」
「いいや、為朝、お前は間違いなく九州を統一する。それどころか天下を求めて京や坂東、果ては奥州までいくだろうよ」
「俺がそうなったとき、立ちはだかるのは間違いなくお前であろうよ。織田吉法師」
為朝の言葉に吉法師はニヤリと笑う。そして立ち上がって大広間から出ていこうとする。
「さらばだ、我が同志であり宿敵よ」
「ああ、さらばだ」
為朝の言葉に最後に振り向いて笑顔を見せると吉法師は出ていく。それに従って吉法師の家臣達も為朝に一度頭を下げると出て行った。
そんな吉法師一行を楽しそうに見送った為朝を見ながら、宗運が為朝に尋ねてくる。
「本当に斬らなくてよろしいのですか? 織田殿はここで斬っておかねば為朝様の天下を阻むのは間違いありますまい」
「良いのだ。天下を取るのに容易くとっては日本が強くならん。俺と吉法師が争ってこそ日本が強くなり、その強さがぽるとがるなどの異国を跳ね返す強さとなる」
為朝の言葉に宗運は一度溜息をつくと、手を一度叩く。すると為朝の小姓が九州の地図を持ってきた為朝の前に置いた。
「さて、為朝様。まずは肥後の統一おめでとうございます」
「応、だが、すべてはここからよ」
「その通りでございます」
そう言って宗運は小姓が用意していった碁石を取り出す。
「まずは諸大名の動きを報告いたします」
「うむ、頼む」
そう言って宗運が置いたのは豊前と筑前であった。
「我らが大友義鑑を討ったことによって始まった九州北部の争乱ですが、最初は大内が優勢で動いておりましたが、大友義鑑の後を継いだ大友義鎮がこの争乱の大友方の大将として戸次道雪を抜擢したことにより、再び均衡状態になりつつあります」
「戸次道雪であればそれくらいのことやるであろうな」
為朝が思い出すのは為朝の目の前で啖呵をきった忠義に溢れる漢。気力も能力も兼ね備えたあの漢であれば大内とも対等に戦えるだろう。
それを理解しているのか宗運も頷きながら続ける。
「あの戸次道雪をいう漢、なかなかの策士でもあります。大内が九州だけに注力できないように大内の背後の尼子等を動かした様子。それによって大内も九州だけに尽力するわけにいかず、いまだに収まらない豊後の内乱の中でも大内と対等に戦えているのでしょう」
「大友の内乱は宗運が煽っているのだろう」
為朝の指摘に宗運は悪そうに笑うだけであった。
そして宗運は今度は筑前に碁石を置く。
「肥後の少弐冬尚は一度大内に近づいたものの、交渉がうまくいかなかったのか決裂。戸次道雪の仲介で再び大友と結ぶと、筑前に侵攻して大宰府を落としました」
「ほう……」
為朝の前世の頃から大宰府は九州の重要拠点である。それを落としたということは少弐もまた強くなっているのだろう。
「この大宰府攻めには少弐重臣の宗筑後入道が総大将となり、再び少弐に従属した勇猛でなる龍造寺一族が手助けをして落とすことに成功した様子」
「宗筑後に龍造寺か」
為朝の脳裏に引っ掛かったのは宗筑後入道という漢であった。
「宗筑後とは?」
「南北朝より続く少弐家の重臣である宗筑後守家の前の当主です。戦上手で知られており、彼がいたからこそ少弐は今まで家を保っていられた、と言っても良いでしょう」
「ほほう!」
宗運の言葉に為朝は嬉しそうに笑う。強敵との戦いは為朝の気分を上げさせる。それが強ければ強いほど為朝は張り切るのだ。
そんな嬉しそうにしている為朝に水を差すように宗運が忠告してくる。
「ですが、少弐冬尚は大宰府を落としたことで思い上がったのでしょうな。抜群の働きをした龍造寺一族を疎んじ始め、諫言した宗筑後入道と宗筑後守の親子を肥前の勝尾城に入れて遠ざけました。名目としては『為朝軍の北伐を防ぐため』などと言っておりますが……まぁ、うるさい老臣を離してしまいたかったのでしょう」
「ふむ」
為朝は一度腕を組むが、すぐにほどいて宗運が置いた勝尾城の碁石を指さす。
「なぁ、宗運。その宗筑後親子をこちらにつけられないか? そのような漢であれば俺は是非欲しいんだが」
為朝の言葉に宗運は苦笑いした。
「無理でしょうな。私は宗筑後入道殿が勝尾城に移された段階で説得に向かいましたが会うことすら拒絶されました。それどころか宗筑後守殿が動いて筑後の蒲地氏を中心とした国衆一揆が少弐方になりました」
「ふぅむ! 戸次道雪といい、宗筑後親子といい是非とも欲しいもののふよな!」
「同感です。我らが九州を制覇するにはまず人が圧倒的に足りません。戸次殿や宗筑後殿のような優秀な人材は登用するべきでしょう」
「あとは話に出てきた龍造寺か? 目ぼしいもののふはいるものだな」
為朝の言葉に宗運が肥前に碁石を置きながら言葉を続ける。
「その龍造寺ですが、少弐冬尚との関わりが冷えてきていることから、こちらから調略を仕掛けております」
「手応えは?」
為朝の言葉に宗運は首を振る。
「当主である龍造寺剛忠殿はあくまで少弐に尽くす姿勢のようで」
「ほかの一族では? 確か孫の隆信という漢がこちらに興味を示していたはずだが」
すると宗運は再び勝尾城の碁石をさす。
「その龍造寺隆信殿。宗筑後入道殿と宗筑後守殿に惚れ込んで勝尾城に入った様子」
「龍造寺隆信の武勇のほどは?」
「家臣団も含めて武勇絶倫。大宰府攻めでも戦功第一となる働きをみせた様子」
「なるほどなぁ」
そう言って為朝は顎を撫でる。
「つまりは少弐の大黒柱である宗筑後親子の下に武勇でなる龍造寺隆信が入り、さらに肥後の国衆一揆という数も揃ってしまったということか」
「その通りです。私の不手際でございました。申し訳ありません」
頭を下げる宗運に為朝は軽く手を振る。
「宗運に無理であったなら、俺の家臣でできる奴はおるまい。それに、それで終わる宗運でもなかろう?」
為朝の言葉に宗運は頭を上げると、再び碁石を一つ置く。筑後の鷹尾城であった。
「鷹尾城の田尻親種に調略を仕掛けております」
「手応えは?」
「上々かと」
宗運の言葉に為朝は頷く。
「そこを頼りに筑後を抑えるということか」
「左様。筑後には突出した国衆はおらず、連合を組んで他家と対抗しておりました。その結束を断ち切ります」
そう言い切った宗運に為朝は軽く頷く。
「そこらへんは宗運に任せる。だが、戦になったら俺の出番だ」
為朝の言葉に宗運は苦笑いする。
「そうですな。戦となれば為朝様にご出陣を願うことになりましょう」
「よし! 九州北部の情勢はわかった。南部はどうなっている?」
そういわれると宗運は碁石を薩摩に置く。
「九州南部では大きな動きはありません。しかし、人吉城の西殿のところに島津貴久から使者が来たそうです」
「内容は?」
「同盟を組まないか、との話だった様子」
その言葉に為朝は腕を組んで考える。
「惟充の考えは?」
「西殿は時期尚早ではないか、という進言が入っております」
宗運の言葉に為朝は頷いた。
「俺も組むにはまだ早いと思う。それに同盟というのが気に入らん。従属を申し出てきたら受け入れてやるものを」
為朝の言葉に宗運は上機嫌に笑った。
「それでこそ為朝様。西殿には断るように書状を出してください……馬琴、聞いておったな?」
「ええ! ええ! 為朝様と宗運様の軍議です! 一語一句抜けなく書いております! 島津殿への書状もわかりました! 為朝様、本文はどのような感じにいたしますか!」
「任せる」
「任されました! これぞ鎮西八郎為朝! と言われるような書状を書きあげましょう!!」
上機嫌な調子で話し続ける馬琴であったが、その文才等はこの短期間で宗運にすら認められており、問題のない書状を書き上げるだろう。
笑いながら何かをぶつぶつ呟きながら筆を動かし続ける馬琴を無視して為朝は宗運に尋ねる。
「鉄砲の製造はどうなっている?」
為朝軍には鉄砲が百挺あったが、これから先の戦では足りなくなるのは目に見えているうえに、輸入に頼っていては安定した数を手に入れられないと思った為朝は、鉄砲奉行の村山惟民に命じて鉄砲の生産に乗り出していた。
それも加味して宗運は鉄砲生産のための鍛冶屋を城下町に集めると同時に、鉄砲に必要な物資を輸入するために港町を作り、そこに王直を中心とした倭寇達が運んできた物資を運べるように道も整備していた。
「三挺の鉄砲を解体し、研究。現在は一挺目の試作に入っているはずです」
宗運の言葉に為朝は頷く。
「よし、鉄砲が自作できるようになれば、俺の九州統一がまた一歩近づく。工房には後で顔を出してみるとしよう」
「それがよろしいでしょう」
超絶マイナー武将紹介
宗筑後守
本文にある通り南北朝時代から少弐家の重臣として存在している家系。遡ると対馬にも渡った者もあり、対馬宗氏と関係があるかも?
この作品に出てきた宗筑後入道は宗筑後守という名前で龍造寺隆信と戦って斬られた、という記録が残っている。
少弐氏滅亡後の宗筑後守家は筑紫氏等に仕えて幕末まで家は存続した。
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