二日月

「名前とか、声とかでもしかしたらって思わなかったの」

 僕が唐突に発した言葉にミツキはきょとんとして、少し考えこむ。そのまま

「死んだと思ってたから、たぶん無意識にその選択肢を排除してたんだと思う」

 と、鼻を啜りながら答えた。まあ、確かに目の前で連れていかれたんだから死んだと思うのが当たり前か。顔とかも面影があるのかもしれないけど、それも思わないようにしていたのかもしれない。

 それに、僕の記憶もなかったし。感情は拙すぎたのか消されなかったみたいだけど。そう考えてふと思いついた。もしかして、恋心だけは一緒に消されてしまったんじゃないだろうか。それなら――。

「ねえ、もしかしたらもう一回ミツキが告白してくれたら恋心、戻るんじゃない?」

「え、確かに……?」

 ミツキはよくわかっていない様子で返事をしていた。僕はチャンスだと思って畳みかける。

「ってことで、告白してみてよ」

「ちょっと待て、なんでだよ。いやだよ」

 冷静さを取り戻したミツキが突っ込む。僕は顔の前で手を合わせて上目遣いでミツキに頼んだ。

「お願い! 僕も恋したい!」

「えー、……じゃあ一回しか言わないからな」

 思った通りミツキは渋々承諾してくれた。ミツキは初めっから押しに弱かったからなぁ。そう思っていると、ミツキが深呼吸をし始めた。そして口を開いたかと思えばまた閉じる。じれったくなるが、僕はただじっとミツキを待った。それを何回か繰り返して、ミツキが深く息を吐いて、吸った。そして、本当に小さな声で、けれど僕をちゃんと真っ直ぐ見詰めて言った。

 

「すき」

 

 どくり、と心臓の鼓動が身体の中に響いた。今心臓が動き出したみたいに胸が痛い。でもきっと心臓はもともとここにちゃんとあって、動いてなかっただけだった。頬が赤くなって、ミツキを見ていられなくなった。視界の端に映ったミツキはそんな僕の様子を見てくすりと笑った。それにますます胸が痛くなって、死んでしまいそうだった。きっと、溢れ出した感情で心臓がパチンと弾けて恋になりかけた何かを垂れ流しながら死ぬんだ。

「大丈夫か?」

 そう声を掛けられて、僕は弱弱しい声で何とか答える。

「だめかも。しんじゃう」

 そんなんじゃ死なねぇよ、とミツキはまた笑って言った。

 何とか深呼吸で心臓をもとの形に戻す。戻したはず。見えないから戻せてるかわからなくなって、戻ってると信じることにした。そうしてやっと落ち着くと自然と言葉が零れ落ちていた。 

「僕さ、すごい恋に憧れてたの。でもそれきっとこんなに綺麗な恋を見せてもらったからだね」

 僕はミツキの言葉を聞いて、そう思った。ミツキは零れ落ちた言葉を聞いて、視線を彷徨わせる。

「……それなら俺は最初のラブソングもある意味お前に教えてもらったぞ」

 音楽の授業でお前が歌ってたのがすきだったから覚えられた、そうミツキははにかんで言った。

「俺、歌あんま上手くないから音楽嫌いだったんだけど、お前の歌聞いた時、脳が活性化するとかで音楽の授業が残っててよかったって初めて思ったよ」

 その言葉に僕も耳が赤くなって、ふとその言葉に違和感を覚えた。音楽が嫌い? でもミツキは自分からベランダで歌っていて――。僕は、一つのことに思い当たってしまった。

「もしかしてベランダで歌ってたのって――」

「お前の歌、忘れないため」

 ミツキはそうぶっきら棒に言った。僕はその言葉に自分の頬がぶわりと赤くなったのを感じる。記憶がないことだけど、あの時のミツキは僕を思って、ってこと? いなくなって数年たってるのに、ずっと――。

「お、まえ、窓の防音性が高いとはいえ怪しまれるかもしれないじゃん……」

 僕の照れ隠しの言葉にミツキはふはっ、と笑う。

「照れてる?」

「照れてない!」

 僕はちょっと大きな声でそう言った。しんとした空気に二人で顔を見合わせて笑う。

 きっとまた僕らはここから始まっていく。

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