第5話 新たな依頼人②


 熱が入ったのか。

 修二の態度は、次第に険しくなっていった。


「交際から妊娠、婚姻まではとんとん拍子でした。今にして思えば、あまりに不自然。だとすると、はじめから『仕組まれて』いたことなのでは……だとするなら、私は、耐えられない」


 茶化すのは申し訳ないが、その迫真の演技のような語り口に、遥希は僅かに頬を緩ませた。


 仕組まれていた。

 それが何を言いたいのか、彼女自身の経験からすぐに察した。


「……托卵、そういいたいのですか」


 しばし躊躇った後、ゆっくりと頷く。


「信じたくはないんです。私だって蓮華のことを信じたい。何の問題もない、幸せな家庭を築きたい。ですが、確信が欲しい。それも、事実なんです」

「わかりますよ、修二さん」


 遥希は、うんうんと頷きながら足を組む。


「愛なんて、信用あってこそですからね。理由なき信用など、子供だましの絵本だけで十分です」


 口ではそういいながらも、切実な表情で頭を抱える修二の姿に、何の同情心も湧かなかった。


 むしろ、冷笑。嘲笑。


 それに近い感情とすら言えた。


 自分も会社の同僚と不倫をしておきながら、この被害者ヅラ。

 人間とは、こうでなくては。

 すべての人間が心が清らかであったなら、この商売は成り立たない。

 クズ、カス、悪人。

 そんな奴らが蔓延っているから、今日も飯が食えるのだ。


「では、蓮華さんの不倫の証拠をつかめば、いいんですね」

「はい……何も出てこないことを、祈ります」


 手続きを終えて、修二が事務所から出ていった後「身勝手な人ですね」と、憤慨したように口を開く司。


「ん、なにが」


 誰のことを言っているのか知りつつ、相槌代わりに聞き返す。


「あの修二って男ですよ。自分も似たようなことをやっておいて、よくもまあ、あんな悲しそうな顔ができるなあって思います」


 遥希は「はっ」と鼻を鳴らす。


「あんなもんだよ、人間なんて。一人残らず、クズばっかりだよ」


 否、彼女の人間嫌いは今に始まった話ではない。

 この仕事を開業するよりも、ずっと前からだ。


 ——。


 少し、嫌な思い出がフラッシュバックした。

 遥希は、それを誤魔化すように「だがまあ——」と、僅かに目を細め、ため息交じりに続ける。


「——子供に、罪はないんだよな」



「托卵のこと、ですか」


 司の言葉に、素直にうなずく。


「昔も、クソ女が托卵していた事件に関わったことがある。あんなに胸糞悪い話はないよ」


 その目は過去を思いはせるようだったが、決して懐かしむものではなく、憎しみと怒りに満ちたものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る