第4話 新たな依頼人

 遥希としたことが、依頼人の顔を見ることを忘れていた。

 人間観察だけが、自分の取り柄だというのに。


 改めて、男性の顔をまじまじと見つめる。


 水嶋修二(みずしましゅうじ)。


 まさに、今回の不倫を調査している男だった。

 妊娠した婚約者の芹沢蓮華という女がいながら、同僚の瀬川亜美(せがわあみ)とデキていたことが判明した男。

 それが妻の浮気の調査って……。


「妻のお名前は?」

「はい、芹沢蓮華です」


 間違いない。

 調査の対象は、今回の依頼人だ。

 これはいったい、どういうことなのだろう。


「……ところで、ウチのことはどのようにして知りましたか?」


 少し話を逸らしてみる。

 まさかとは思うが、遥希の盗撮が見つかったのではないだろうか。いくらなんでも、タイミングが良すぎる。


「ホームページです」

「ホームページですか。たとえば、こういうスマートフォンで、ですかね」


 わざとらしく、修二と亜美の不倫現場を撮影したスマートフォンをひらひらと掲げる。

 もし、ここで遥希の盗撮に勘付いていたのならば、ここでなんの反応もしないはずがない。


「ええ、そうです。スマホで見ました」


 だが、遥希のカマかけも虚しく、修二のリアクションは非常に薄いものだった。


 杞憂だろうか。

 不倫捜査をされていることに気付いていないのであれば、本当にただ、依頼人として偶然現れただけ、ということなのだろうか。


「……それで、婚約中の蓮華さんと、なにがあったんです?」


 気を取り直そうとしたところで、修二は「あれ」と首を傾げ、


「婚約中って、言いましたっけ?」

「あっ」


 しまった。

 これはまだ、蓮華からしか知りえていない情報。

 なんたる素人同然のミス。


「……そりゃあ、苗字が違いますからね。あなたは水嶋で、奥さんは芹沢でしょう。戸籍登録は、まだお済みじゃあないんでしょう?」


 それでもプロとして取り繕ってみせる。


「それはそうですね」と、修二も納得したように頷き、「さっきの続きなんですけど——」と口を開いた。


「——妻、蓮華とはいわゆる、デキ婚でした。交際一年目で、妊娠は急に発覚したことです。同棲していて、夜のお誘いも何度もあったので、当然でしょう」


 そりゃあ、お熱いことで。

 よくも恥ずかしげもなく余計なことを言えるものだ。


「ですが、私が恐れているのはそこではありません。なんといえばいいのやら」


 急に修二の顔が暗くなる。様子が変だった。


「なんです?プライベートは守ります。おっしゃてください」


 やがて修二は「では——」と、厚い唇を震わせた。




「──それは本当に、私と蓮華の子供なのか、ということです」

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