第3話 不倫調査③


「なんだこの、匂うやつは?」


 喫煙所から戻ると、デスクにおかれた妙な置物に怪訝な顔を浮かべる遥希。


「アロマディフューザーです」

「あろまでぃふゅ……なんだ、それは」


 小瓶から棒のようなものが数本生えたそれは、悪趣味なインテリアのようにさえ思えた。


「これがあれば、タバコの匂いも気にならなくなりますよ」

「余計なお世話だ」


 別にタバコの匂いなど、初めから気にしていないというのに。

 アロマディフューザーの匂いを嗅いでみる。鼻につーんとくる、刺激のある匂いだった。


「なんの匂いだ、これ?」

「ペパーミントです。集中力が上がるんですよ」

「迷信だろ」

「迷信じゃないですよ」


 司は「だいたいですね」と、子供っぽく頬を膨らませる。


「遥希さんは、もっと美容に気を使うべきです」

「き、気を使っていないことはないぞ」

「嘘です。絶対に化粧なんて使ったことないでしょ?」

「うっ」


 遥希は女扱いされるのが苦手だ。


「……ふん、別にいいだろ」

「そうだ。玄関周りだって、綺麗にしたんですよ。見てください」


 嫌な予感がした。

 司の一連の行動から、とてもではないが単に掃除をしたというわけではないのだろう。

 おそるおそる玄関に踏み入れてみる。

 あれほどあった書類の山はきれいさっぱりなくなっている。それに関しては期待以上だ。しかし、


「なんで花なんだよ」


 玄関にはひまわりの植木鉢が並べられていた。


「これじゃあ花屋じゃねぇか」

「やはり、お客さんというのは外観を大切にするものです」

「司、まさかこれ、外もやったのか?」


 扉を開けると、同じようにひまわりの花がところどころにおかれていた。


「花の世話なんてする余裕ないぞ」

「これ、実は造花なんですよ。陽の光の角度で、本物に見えるんです」

「そらぁ、大したこだわりだこって」

「清潔感は重要ですからね」

「不潔ではないぞ。私とて風呂にはちゃんと入っているんだからな?」

「でもこれで、お客さんも安心して遥希さんにお仕事を依頼できます」


 そんなことを気にしていたのか。


「正直、ぼくが面接にやってきたときは、お化け屋敷だと思いましたからね」

「そこまでいうか」

「あれじゃあ、たとえ不倫に悩める奥様方も、踏み入ろうとは思いませんからね。最近、以来だって減っていたんじゃないですか?」


 その点に関しては、図星だった。清潔感が問題だったと認めたくない遥希は「ふん」と鼻を鳴らし、


「こんなもので増えるわけが———」

「あの、遥希探偵事務所はここでしょうか?」

「—―!?」


 肩をすくめて振り返ると、男性が立っていた。



「ほら!きた!きましたよ!これが、玄関を綺麗にした効果です!」


 さっそく効果を感じられた司は、拍手して飛び上がる。

 子供のようにはしゃぐ司を横目に、認めたくない気持ちになりながら応対する。


「はい。どうされました?」


 まだ不倫調査の依頼だと決まったわけではない。郵便料金の支払いかもしれないし、市役所の手続き書類かもしれない。


「実は、妻の浮気を調査してもらいたくて」


 ということもなく、本当に依頼のようだ。

 これでは司がつけあがってしまうじゃないか、そんなことを思いながらも営業スマイルを絶やすことなく、


「かしこまりました。お名前をお伺いしても?」

「はい、わたくしは──」


 その名前を聞いて、喉が焼けつくような感覚が走った。



「──水嶋修二です」

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