8. There’s no fool like an old fool
36.
21時手前に着信があった。それを無視して女のコとデートしていた。
その後に来たメッセージを確認して、それから2時間は経っている。
さすがに折り返しの電話をしないと怒られそうなので、女のコがシャワーを浴びている間に、掛け直した。
着信に出た音がしても、挨拶の一つもない。とりあえず、こちらから話しかけた。
「遅くなってごめぇんね」
『毎度毎度、謝る気がないな』
不機嫌なのがありありと窺える声音だった。どんな顔をしているか、見なくてもわかる。
「この通話、ミッチーも聞いてる?」
『いや。コンビニエンスストアへ買い出しに行かせた』
煙草を咥えながら喋っているのだろう。声がくぐもっている。
「とりあえず現状報告ね。湘南の海で遊んでる」
『は?』
梟が素っ頓狂な声を漏らすのもわかる。この情報が入った時は、俺も同じ反応をした。
「海でデートなんて健全すぎて、お兄さん泣けちゃう」
『お前が不健全なだけだ。あと、お兄さんじゃない、おじさん』
「お前だってお家デートじゃん」
『殺すぞ』
こっちは歳相応のデートをしているだけなのに、この言われよう。
梟だって、悪しざまに言えば若い女のコを家に連れ込んでいるし、とても健全じゃない。
この件について、もうちょっと絡んでやろうかと思ったけれど、シャワーを浴びている女のコの気配を確認して、話を早めに切り上げざるを得ない。
「今のところ、装備の補充してる感じはない。装備と弾薬の量なら、こっちの勝ち」
『見てもないのによく言う』
「ミッチーから在庫もらったんだし、それなりに余裕なんだろうなって踏んだだけ。
クソガキは近接戦しか考えてないから、ミッチーに貼り付いておけば問題ないでしょ」
それなのに、梟はミッチーをこんな夜中に一人で買い出しへ行かせるという体たらくをやらかしている。
まぁ、
「わかってると思うけど、ミッチーは役に立たないと思って動きなよ」
ミッチーは、銃器の扱いや戦闘に関して多少の覚えはあっても、訓練を受けてきた兵士とは比べ物にならない。
「どうせ、シラユキの安全優先とか言ったでしょ。そういうとこがクソガキにつけ込まれるんだよ、って言ってあげた?」
電話の向こうはずっと黙っている。何か言い返そうと考えながら煙草をふかしているのか、それとも反論できずに黙っているのか。沈黙はどちらとも取れる。
「お前はどうすんの? ミッチーの代わりに蠍を殺してやる?」
梟に向かって、故郷でさっさと殺しておけば良かったのに、と言いたくなるのを抑える。
これは俺自身の勝手な願望だ。
俺は、あのクソガキを自分の手を汚してまで殺すのが嫌だった。だから、他の人間が始末してくれるのをずっと待っていた。
「それとも気長に、ミッチーが覚悟決めるの待つ?」
そう言っておきながら、俺は自分の発言に笑ってしまった。
「あぁごめん、笑っちゃった。無理だよね、戦争を知らない平和な国のガキが、俺らと渡り合おうとするなんて。馬鹿言ったわ」
『同胞は、せめて同胞の手で葬るべきだ』
堪え切れない笑いを引きずっていると、真面目な声音で梟が呟いた。
「それが年長者の務めね」
生き残った人間は、死んだ人間の尻拭いする役目になる。飲み会で最後まで正気だった人間が、酔いどれたちの世話に四苦八苦するのと同じ。
『だから長生きしたくなかった』
「ほんとそれな」
自分よりいくつか年下の男が吐き出した言葉に、頷くより他ない。
あの大統領府突入作戦時、『
俺と梟を「年寄りども」と陰口を叩いていた連中は、蠍以外全員死んでいった。「年寄りども」は、今もこうして生きている。なんて皮肉な事態だろうか。
「クソガキが動き出したらすぐ連絡するよ」
そう言って電話を切る。同じタイミングで、シャワーから出てきた女のコが、俺に向かって微笑んでくる。
さっきまで電話していたと思われると興覚めになってしまうから、スマートフォンを気づかれないように掌からベッドに滑り落とし、女のコを抱き締めに行く。
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