34.

          *



 スコルーピェンがどうして自分にちょっかいを出すために、こんな手間暇かけてくるのか。

 そう問われて、用意していた回答をした直後。

 フチノベ ミチルのスマートフォンに着信が来た。番号は出ない。

「非通知」

「スピーカーで話せ」

 自分が言い終わる前に、フチノベ ミチルはスピーカーにして着信を取る。


『あ……あの、渕之辺さん』

 出たのは若い女の声。後輩だ。緊張して震えているようだが、緊迫した状況になっているからなのか、フチノベ ミチルと気まずい関係性だからなのかは判別できない。


「ヒナちゃん? 今日は急に知らない番号で連絡しちゃってごめんね」

 ヒナカワに知らせず連絡先を変えた、と言っていたから、この発言の流れになるのだろう。

 

 フチノベ ミチルの話ぶりは平静そのものに聞こえる。

 だから、鋭い視線で虚空を睨みつけて、眉間に皺を寄せているとは、電話先の相手は思いもよらないはずだ。

 

『久しぶりだな、バケモノ』

 男か女か、電気信号に変換された声だと判別しにくいが、これは間違いなく蠍だ。

 

「バケモノ呼ばわりはひどくない?」

 フチノベ ミチルも、わざわざ聞くまでもなくわかっている。挑発的な笑みを口元に浮かべていた。真っ黒な瞳の冷たい視線が、スマートフォンに向く。


サヴァンセと真っ最中だったらごめんね』

「お気遣いどうも」

 フチノベ ミチルは動じていないが、自分は思わず舌打ちが出そうになる。

 

『明日、時間ある?』

「なくても作るよ。一言だけいい?」

 フチノベ ミチルはそう言うと静かに息を吸い込んで、押し殺した声で吐き捨てた。

「あんたの隣にいる、その子に傷一つでもつけたら殺す」

『当たり前だろ。お前よりも丁重に、扱ってる』

 明確に苛立ったトーンで、蠍は反応してくる。

 

 リーシャロが言っていた通り、フチノベ ミチルの後輩へ執心があるのは事実だったようだ。


『場所は明日また連絡するよ。って言っても、狐が探し当てるのが先かな』

 そう言い終わると、電話は無機質な通話終了を知らせるシグナル音を鳴らす。


「あぁクソ」

 苦々しい表情を浮かべ、フチノベ ミチルは床に置いていたスマートフォンを手に取る。

 

「なんの情報も得られなかった。せっかく会話したのに」

 自分もスマートフォンを胸ポケットから出し、狐の連絡先を表示させる。

 スマートフォンを耳に当てて、呼び出し音を聞きながら、フチノベ ミチルに向かって言う。

 

「後輩は無事で、殺すつもりがないのはわかった。それがはっきりしたのは良かっただろ」

 狐にかけてみたが、留守番電話に繋がってしまう。そのまま通話を切って、メッセージを作成する。


 メッセージの作成中、フチノベ ミチルがこちらをじっと見つめてくるのに気づいて、視線を向けた。

 何か言いたげな黒い眼と、目が合う。

「シャロちゃんはどれくらいで情報を探し当てられる?」

「シャロちゃん?」

 誰のことだと思っていると、フチノベ ミチルはこちらのスマートフォンを指差してくる。

 シャロちゃんとは、狐を指しているのだと把握する。


「金次第」

 狐がどれくらいの時間で蠍の居場所を突き止められるか、との問いに対して、そう返答すると、フチノベ ミチルは一瞬目を見開く。

「はい?」

「金を積めば、最優先で調べる」

「それは、どれくらい?」

 どうせ払える資金力もないくせに、わずかな希望を賭けて聞いてくるが、そうはいかない。


「情報の価値は、一番高く買うやつが決める」

 情報は物ではない。必要な人間へ届けた時に、価値が生まれるものだ。

 

「居場所の情報をヒナカワの実家が最高値で買うなら、ヒナカワの実家に売る。俺が最高値で買うなら、俺に売る。それだけの話」

 なら金を積んでくれればいいじゃないか、と噛みついてくるかと思ったが、フチノベ ミチルは意外と静かに聞いている。


「待っていれば向こうから連絡してくるって言っている以上、今焦る必要はない」

「じゃぁ、なんでシャロちゃんに連絡するんですか」

 メッセージの送信を終えたスマートフォンを、ソファに放り出した。それを目で追っていたフチノベ ミチルは少し納得いかない様子を見せる。


「蠍がコンタクトを取ってきた、明日どこかに現れるつもりだ、これらは立派な情報だ。そういう情報を金の代わりに与えている」

 自分もまた、狐の構築した情報収集ネットワークの一部なのだ。狐が持ってくる情報を利用しつつ、自分も何某かの情報を与える。

 

「向こうが連絡してくる前に、見つけたい」

 思っていた以上に、この女は焦っている。

 電話越しで後輩の声を聞かせたのは、こういう効果を見越してだろう。あの蠍のことだ、何も考えていない可能性の方が濃いが。


「なら狐に交渉してみたらいい。金があるならな」

「クソすぎて笑える」

 笑える、と言いながらも、少しも笑っていなかった。


 

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