7. Day 5

31.


 

 水平線の境目、濃い橙色の光を孕んできた空を見て、白雪は僅かに顔を綻ばせた。

 

 明け方の気温はまだ寒く、厚手の上着を羽織っている。

「さすがにまだ、冷たいね」

 波打ち際にしゃがみ込み、白雪は水面を撫でて言う。


「そう? そんなに冷たく感じない」

 少年は、履いていたデニムの裾を捲り上げ、裸足で波打ち際を歩く。

 刻々と輝きを増す陽の光を浴びて、風に揺れた金色の髪が、透き通ったり輝いたりする。

 

 あぁ本当にこの人は綺麗だな、と白雪は見惚れる。

 この少年と居ると、夢と現実の境目を行き来しているような、地に足が着かない感覚になる。

 

「波はどうして起きるんだっけ」

 濃い橙色から黄色に変わっていく陽の光。夜明けから朝へ切り替わる色。

 少年は陽の光を、眩しそうに目を細めながら見た。そして、ゆっくりと後ろにいる白雪を振り返って尋ねる。

 

「え? えーと、海上で風が、吹くから?」

 恐る恐る手だけを海水につけては放す白雪の姿は、幼子のようだ。

 

「何か嘘臭いな。まぁいいや」

 あまりに頼りない回答に小首を傾げながら、少年はもう一度沖の方に顔を向ける。

 

「この波も、どっかの海の上の風なのかな」

「なのかも」

 波音は静かに、水面は太陽の光を弾いて、灰色の砂は踏み締めるごとに足を取る。

 空は、果てなど知らぬように広い。


「本当は」

 白雪が見た少年の横顔は、とても優しく柔らかで、満たされていた。

 

「この世界は綺麗だ」

 どうしてこの少年は、こんな風に寂しく言うのか。白雪の胸の奥はざわついた。

 

 二人して、太陽が丸々と姿を現した天を仰ぐと、鳶が空を横切る。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る