5. Day 3

24.



 鯛の塩焼き。

 内陸国だった故郷ではまず見ない、海水魚。赤い体に塩を纏って、網で香ばしく焼き上げられた白身。

 フォークを入れると、皮がパリパリといい音がする。

 艶やかな白身は、頬張ると柔らかく溶けるように、舌の上で解れていく。美しい食感。


 調味料を極限まで排したシンプルな味付けが、魚本来のポテンシャルを最大まで引き出す。感動するほど完成された料理だ。


 鯛の塩焼きの美味しさに機嫌を良くしていると、隣の椅子が引かれて、赤毛の男が座る。


「手間をかけたな」

 魚を食べつつ、隣にいるリーシャロへ声をかける。

 

「それ、いつの、どの件について!? お前には山ほど手間かけさせられてるんだけど⁈」

 狐はあれもこれも、それもこれも、と思い当たる節があるらしいが、自分にとっては家を探してもらった一点しかない。

 面倒臭くなったので、色々喚かれているが、聞かないようにした。


「目撃情報は結構集まってきたよ。目立つ容姿で助かる」

 狐に頼んだ依頼は、ちゃんと結果を出している。

 

「蠍くんさぁ、お前に会いに行った前か後に、ホテルの部屋で相手をグサグサ刺し殺してたんだよ」


 ねぐらにしていたホテルで出くわした時、連れがいると言っていた記憶がある。

 そしてその翌朝、そのホテルの一室で、刺し殺された男の死体が見つかったのも記憶にある。

 これらは全て、一昨日の夜から昨日の朝までの出来事だ。


 昨日の夜に、フチノベ ミチルが家に来て帰って、今日は狐と会う約束をした。

 今のところ、あの金髪の子供が近くにいる気配はない。

 

「生きてる間にさんざん刺して、失血死させたんだと。怖いよね」

「そういう無駄な手順を踏むのが好きなのは、もう直らないな」

「良くない嗜好だよねぇ」

 狐は、そう言いながら冷酒を呷る。

 

 自分の手には、湯呑に入った茶色いお茶がある。その水面は、天井の照明を反射している。

 あの子供の青い眼も、最初はこれくらい光を弾いていた。

 

 整った環境で、養育に相応しい人間が育てていたならば、真っ直ぐ生きていたのかもしれない。これは意味のない、ifの話だ。


 蠍が、軍特殊部隊の育成組織に入ったのは六歳。

 それから大人と遜色ないほどの歳になるまでの時間。歪むには十分すぎる時間が過ぎた。

 

「要らぬ犠牲が増えれば、俺が叱りにくると思ってる」

「そうそう。甘ったれの構ってちゃん」

 人の悪い顔で低い笑い声を漏らしながら、赤毛の男は言う。


「いっそ、叱りに行ってあげたら?」

「叱ってもらえるのは情があるうちだけだ」

 そもそも、叱ってやる義理はない。そして叱る権利もない。

 

 隣から視線を感じ、いやいや顔を向けると、何か言いたげな顔でこちらを見ている狐がいる。

 狐の、緑みの強いヘーゼル色の眼が、一瞬の動きも見逃さないように警戒しているのがわかる。

 何事かと思いながら、睨み返す。


「一度聞きたかったんだけどさ、あのガキが元帥マーシャルのエグい趣味に使われてたってマジなの?」

 狐が声のトーンを数段階落として、尋ねてくる。

 今になって、そんなネタまで深堀りしようとしているところに、呆れてしまう。


「聞いたこともない。そんな噂が?」

「噂だけ。証拠なし」

 狐は続けざまに、なーんだ知らないか、と言い、ネタの深掘りが不振に終わってがっかりしている。

 こういう情報に対して貪欲なところは、味方にしているうちは心強いが、敵になった時はひどく厄介なのだろうと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る