19.

          *



 蠍は鏡に映る自分の顔を見る。


 金色の柔らかな髪は水に濡れ、垂れた雫は静かに肌の表面を滑る。

 海のように青い瞳に、赤くふっくらした唇の女が、女のような顔をした自分が、そこに居る。


 シャワー上がりの何も纏わない体に視線を移す。

 引き締まった筋肉質の体は、細身ながらしっかりと男性的なラインを作り出している。

 少年性もしくは少女性を求める相手には筋肉質になるな、と言われ、男性として求める相手には筋肉をつけろ、と言われる。どちらも蠍の意思を無視した言葉だ。


 もう完成された器を別の形にしようとしても無理な話なのに、人間とは欲深い。


 背後に人の気配を感じて、一瞬殺気立つが、その気配の主は殺気すら理解していない。

 蠍は鏡に映る自らの姿を、まるで第三者のように眺めていた。

 後ろから体に巻きつく腕。

 胸元やまだ昂らない性器を撫でる指先は、想像していたよりごわついている。

 違う。

 唾液ごと交わす唇は、想像していたより生温くて湿り気がある。

 違う。

 隙間なく触れ合う肌は、想像していたよりカサついている。


 違う。

 違う。違う。


 鏡越しに視界に入った姿を見て、蠍は舌打ちしたくなる。

 彼の背後に居るのは、彼が想う人物とはまるで違う。吐息の匂いも違えば、顔立ちも髪質も背丈も、何もかも違う男。


 だが、その方が良かったのだ、と蠍は思い直す。

 今ここにあるのが現実なんだと思えるからだ。置かれた状況が残酷であればあるほど、彼は現実を現実だと認識出来る。

 現実はいつも蠍にとって正直であり、夢はいつも蠍を裏切る。


 蠍のとっては相手が誰であろうと一緒なのだ、ある一人を除いて。しかし、その一人だけは彼を拒絶した。

 だからこそ蠍は、その一人に愛されることを願い、愛する代わりに憎む。


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