15.

         *



 シティホテルの部屋に入った瞬間、一週間も連絡を放置していたせいでお怒りだったサキちゃんに、半ば強引にベッドへ押し倒された。

 このコのこういう押しの強いところは嫌いじゃない。

 服を脱ぐ時間も惜しいと、俺の下半身だけ剝き出しにして行為に及ぼうとするのはとても刺激的だった。


 そんなに、不躾に鳴り響いたチャイムは、服を着たまま俺の上で腰を振っていたサキちゃんを更に不機嫌にさせた。


「チェックインの時にルームサービス頼んでたんだった! ごめんね、出てもらっていい?」

 嫌だ面倒くさい、と顔を曇らせるサキちゃんに、下半身に何の布切れも纏っていない俺の姿を指さして、なんとか応対に出てもらう。


 聞こえるような大きな溜め息をついて、サキちゃんは身なりを直しながら不機嫌そうにドアを開けた。


 ひとまずパンツを穿き直しながら、サキちゃんの後ろ姿を目で追っていくと、間もなくサキちゃんの体がぐらりとゆらめいた。

 首から血を噴き出して、壁に血を散らせて床に落ちる体。

 その光景に、溜め息が出る。

 

 相変わらず、殺気を消すのが下手なクソガキだなぁ。


 この子供を見るたびに、新人育成の方法を間違えたと思う。同じ部隊の生き残り、サヴァンセの方が、まだ礼儀を弁えているなんて、絶望しかない。


 脱ぎ散らかしたボトムスを拾い上げるのと同時に、殺気がダダ漏れた状態で現れた男に挨拶する。


「よぉ、クソガキ」

 事切れたサキちゃんの体の上を跨いで、ベッドの方へ向かってズカズカと踏み込んでくる無粋な子供。

 

 空気くらい読みなさいよ、と思うし、わざわざこのタイミングを狙って現れたのだろうし、いろいろと厄介すぎて、苦い笑いが出てしまう。

 

「色ボケジジィ、生きてたか」

 憎まれ口を叩かれた。生きてるのを知ってるから来た癖に、素直じゃない。

 

 金色のサラサラのボブヘア、青い瞳、長い睫毛、すらっとした鼻筋、血色のいい赤い唇、毛穴一つないようなきめ細かい白い肌。美しいものの集大成みたいな顔をしている男。


 女じゃなくて、しかも可愛げが全くない子供だって現実を、俺は信じたくない。

 

「あぁかわいそうに……残酷なことするよね、相変わらず」

 肩を落とし顔を覆うジェスチャーを見せて、泣いているフリをする。

 

「じゃ、こうなる前に助けてやれよ」

 クレイジーなガキから正論が飛び出て来て、びっくりする。ガキなりに成長はしていたらしい。


「出会い頭に首をスパッと切りつける野郎に言われましても。で、何でここにいるの?」

「迷惑そうだね」

 思い切り顔に出てしまっていたらしい。ならわざわざ否定しなくていいと思った。

「だって迷惑だし」

 俺が苦笑いして言うと、ガキはあからさまに眉間に皺を寄せてみせた。

 

「お前がうろちょろすると、女のコと気軽に遊べなくなるから嫌なんだよね」

「寝取られるから?」

 ガキは急にニヤリ、と笑いかけてきた。

 

「嫌な記憶を思い出させやがって」

 人の女だろうと男だろうと、誰にでも手を出すから後先考えないガキは本当に怖い。

 どれだけの人間に恨まれているか、わかっていない。遊ぶならリスクを最大限考えて行動しないと。


「お前がいると死体が増えるじゃん」

 このガキが人を殺すのが得意すぎるせいで、一体どれだけ無駄な血が流れたか。

 

「今日だってこうだもん」

 閉じたドアのすぐそばで、首から大量の血を流して横たわっているサキちゃんの方に顔をやる。ガキもつられてサキちゃんの方を見る。


 こんな遠くの異国に来て、必要のない死体を増やすのは御免だったのに。まぁ、今回はサキちゃんを盾にした俺が一番悪い。


「女一人ロクに守れないひ弱なヤツだもんね、あんた」

 どうやら俺を皮肉っているらしい。皮肉など、人生の酸いも甘いも知った大人には効かない。


 ガキらしくかわいらしい煽り方をした可愛げのない男は、綺麗な口元に白い巻紙の煙草を咥えて、火をつけている。

 煙草をふかしている姿を見て、梟の姿を思い出した。

 あいつはいつでもどこでも、不機嫌そうな顔で、いっつも煙草をふかしている。


「あんたの相棒はどこ?」

 ガキが、血で濡れたナイフを見せびらかしながら尋ねてくる。

 

「相棒? あぁ、梟?」

 部隊の中では歳も近いし、腐れ縁で付き合いは長いが、相棒と思われるのは納得いかないというか、相棒だと扱ったことは一度もない。

 でもこのガキからしたら、俺は梟の相棒なのか。不思議だな。


「その情報にいくら払えんの?」

「早く死ねよ、ジジィ」

 金の話になった途端、苛々した様子で吸いさしの煙草を足元に投げ捨て、踏みにじる。このガキは煙草に大して執着はない。

 

 思えば昔から、俺には懐かない子供だった。

 小さい頃から何故か、あの人当たりの悪い梟だけを慕っていて、煙草を吸い始めたのも梟の真似だ。

 

 でも梟は、火をつけたばかりの煙草を捨てるなんてしない、出来ない。俺や梟がコイツくらいのガキだった頃は、嗜好品の配給が貴重だったんだ。だからその大切さを身に染みて知っているし、梟はそもそもケチな性格しているから。

 

「言われなくてもジジィは老い先短いよ。お前はせいぜい長生きしなよ」

 笑って返すと、クソガキは大袈裟な舌打ちをして部屋を出て行く。

 

 何しにここへ来たの、と言ってやろうかと思ったが、喉元で押さえ込んでおく。大人ですから、余裕の態度で。


 それよりも今は、かわいそうなサキちゃんをどうしたらいいか考えなきゃならない。

 壁に飛び散った血も派手だし、綺麗にするのは時間がかかりそうだ。

 どう考えても、血の上りやすいクソガキより、俺の方が長生きするとは思う。

 そして、汚れ物の後始末をさせられる人生なんだと思う。

 

 ボトムスのベルトを締めて、サイドテーブルに置いていたスマートフォンに手を伸ばした。連絡先の中から、目当ての人物の名前をスクロールしながら、ふふっと小さな笑い声が漏れる。


「おっもしろいなぁ‼︎」

 今目の前で起きた出来事を口に出そうとすると、だんだん楽しくなってきてしまって、電話を架ける作業の前に一頻ひとしきり、腹を抱えて笑ってしまった。

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