4.


         *



 照明が落ち、警備や使用人が床に何人も倒れている中を歩いていくと、同じ部隊の同僚もその骸の中に確認できた。

 甚振いたぶるよりも数をこなさなければならなかったのだろう、すべて致命傷だった。


 短時間にこれだけ殺す。

 数々の訓練とテストの中で、近接戦では群を抜いた身体能力とセンスを見せただけはある。

 その事実に改めて腹が立つ。

 

 狙撃ポイントから撃ってやってもよかった。

 それをしないのは、同僚だった男が何を思って裏切ったのか、聞く権利の放棄になるからだ。

 

 裏切ったものには粛清を。

 

 自分で思っていた以上に、頭に血が上っていたのは確かだ。

 人の気配が消えて暗い大統領府を、応接間まで真っ直ぐ目指して歩いた。

 

 何度か踏み入れた、大統領府の応接間。履き潰したブーツで踏むのが心苦しいほど、絨毯は柔らかい。



 ————そして今、ここに至る。



 目の前で火花が起きて、破裂音がした。細かい破片がこちらに飛んでくるのを察して、一瞬目をつぶる。


「運がいい女」

 同僚だった男は、死んだかと思っていたが死んでいない。

 反対側の女も、傷一つない。

 

「狙ってやったなら恐ろしいし、狙ってないなら運が良すぎる。ありえないでしょ、弾同士が正面衝突って」

 同僚だった男が少し興奮した様子で笑みを浮かべていた。目の前で起きた現象に驚いて、僅かに注意が逸れていた。


 その瞬間に、自殺用に携帯していた拳銃P226を男に向けた。

「なんで裏切ったか言え」

 思っていたより声が大きくなった。こんな相手に、感情など込める気もなかったのにも関わらず。

 

 殺気立った青い眼が、金色の髪の隙間から睨んでくる。

 

 音もなくゆらりと立ち上がった女は、拳銃ベレッタ92の引き金に指をかけていた。


 同僚だった男の銃口は女に、女の銃口は同僚だった男に、そして自分の銃口は男に。


 分が悪いのを察して、同僚だった男は銃を下げた。

 そのまますぐに撃ち抜きそうだった女に、今度は自分の銃口を向ける。

「お前は銃を降ろせ」

 この女にしゃしゃり出られるのが面倒だった。自分は、この同僚だった男に聞きたいことだけ聞いて、殺したいだけだ。


「そろそろ、こっちの援軍が来るよ。包囲される前に逃げたら?」

 こちらの集中が途切れた隙を突いて、同僚だった男はニヤッと笑った。

「一緒に地獄へ連れていってやる」

「俺は死なないけど、あんたは殺されるよ。民間人を含め、これだけの人数を殺害した凶悪で無慈悲な狙撃手だ」

「半分以上、お前の仕業だろう」

「俺は、大統領側だもん。大統領が思う通りに事が進む」

 それを聞いて舌打ちが出る。この計画はすべて漏れていた。この男のせいで。

 

 舌打ちが称賛にでも聞こえたのか、金髪の男は満足げに言う。

「あんたが望むなら、全部この女のせいにしてもいいよ?」

「これがお前の、俺たちに対する復讐か」

 そう尋ねると、きょとんとした表情を見せた。その表情だけは歳相応の子供だった。

 

「そうだよ」

 同僚だった男は、清々しいほど綺麗な作り笑いで、質問に答えた。


 大統領府のエントランスの方が、騒がしくなっていた。

 大統領か国軍長官が呼び寄せたであろう警備部隊が集まってきたのだろう。

 同僚だった男は踵を返し、エントランスの方へ向かっていく。

 こちらが反撃する時間はないと見越して、背中を向けて悠々と去っていく姿が恨めしい。

 今から、この同僚だった男は警備部隊に合流するだろう。


 

 自分と、この女はどうなる。


 

「“逃げるぞ”」

 拳銃を握って離さない女の手首を取って、捻り上げた。

 拳銃が指から離れて床にぶつかる音が響く。


 今やるべきなのは、ここから離れるしかない。だが、

「“何処へ逃げろと”」

 女は、押し殺した声音で言う。真っ白な顔色、真っ黒な眼に白目は血走っていた。

 英語を流暢に話すが、こちらの言語は話さない。英語で話す方が無難なようだ。

 

「“ここ以外のどこか”」

 全く納得していない顔の女は、何かを言い返そうとしたが、それを遮った。

「“復讐したいなら生きろ”」

 抵抗しようともがいていた女の手の力が、静かに抜けていく。

 糸の切れた人形のように座り込んだのを見て、もはや反抗するほどの気力も残っていないと察した。

 その隙に、床に転がっていった女の拳銃を拾い上げて回収しておく。

 

「“置いていくしか、ないですか”」

 血走った黒い瞳が名残惜しそうに見つめるのは、死体になったもう一人の女の死体だった。

 

「“死体を連れ歩けると思うのか”」

 言い方が悪いが、これくらい言わないと諦めてもらえる気がしなかった。

 

 英語で小さく「クソが」と呟くのが聞こえたが、聞かなかったふりをした。

 こちらに向かって言ったわけではなく、この状況に対しての悪態なのはわかっていたからだ。


 

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