3.


    ***



 ものものしい護衛付きの車列が大統領府に到着したのが17:33。

 晩餐会の名目で、18:00から応接間で大統領と軍トップの国軍長官、日本から来た武器商人二人組の合計四人が集まっている。

 

 和気あいあいと最初は始まり、すぐに不穏な空気に代わっていた。大統領の顔色は悪くなり、国軍長官は渋い顔で何度も頷いている。

 交渉はだいぶ不調なようだ。

 

 それが、作戦開始直前に狙撃銃L96A1に着けたスコープから覗いた景色。


『18:07、ちょっと早いけど開始しま~すよっと』

 イヤホン越しに聞こえたのは、赤毛の男ののんびりした掛け声だった。

 本当に気が抜ける。何度も注意しているが聞いた試しがない。

 

「周囲の確認頼む」

 イヤホンのマイクだけ切って、背後にいた後輩へ声をかける。


 一緒に行動している、狙撃銃を抱えた茶色味の強い金髪の後輩は、緊張した面持ちで周囲を見回し始めた。

 

 大統領府にいる警備は、軍からではなく警察から配備されている。

 法執行機関の装備と訓練は、軍の、しかも特殊部隊である我々の比にはならない。

 門前の警備と建物内の巡回をしている警官を、騒ぎになる前に一人一人撃ち抜いていく。


 その間に、送電設備は諜報担当が操作して停止させる。大統領府の灯りが一瞬にして落ちる。

 それでも建物からは、異変を知らせる動きはない。

 叫び声も漏らせずに倒れていくからだ。

 

 館内に入った近接戦部隊が片付けている。

 自分と後輩は、近接戦部隊の動きが外に察知されないよう、あらゆる邪魔を排除するのが役目だ。


 ここまでは計画に寸分の狂いもなく進んできている。

 もしかすれば、予定よりも早く遂行完了できる、とわずかに思った瞬間だった。


「あの、応接間で、あ……」

 後輩が上ずった声で何かを知らせようとする。

 正確な状況報告すらできない後輩に舌打ちが出たが、急いで応接間の方に狙撃銃を向けてスコープから確認する。


 応接間にいたのは、逃げ惑った結果なのか、窓辺に集まって身を寄せる、大統領と国軍長官。

 両手足を撃たれて、若い女の腕に抱えられるアジア系の中年の女。満足げな表情で、中年の女の頭に狙いをつけて撃とうとしている、金髪のボブヘアの男。

 右肩を負傷しているのは、この中の誰かに撃たれでもしたのか。

 

「あいつは誰に撃たれた?」

 後輩は何度も首を横に振る。その場面は見ていないのだろう。


 金髪の男は中年の女にとどめを刺し、若い女を狙うかと思ったが、窓辺にいる大統領と国軍長官に何かを話しかけている。

 金髪の男の言葉を聞いた二人は、先を争うように応接間から出ていった。

 

 手筈と違う。

 

 大統領たちを追いかけるでもなく、金髪の男はゆっくりと若い女に近づいていく。

 何をやっている。


「おい、何してる」

 イヤホンのマイクをオンにして、部隊全員に声をかける。本当に返事が聞きたいのは、金髪の男だけだ。

 

『あんのクソガキ、自分以外の仲間、殺しやがった』

 返事をしてきたのは、一時間ほど前に屋上で話していた諜報担当だった。

 諜報担当がクソガキ、と呼ぶのは、応接間で座り込む若い女の頬をブーツで蹴りつけている、金髪の男だ。


「裏切ったのか」

『だぁね、俺は撤退する~。お前らも適当に逃げてね~』

 ブチッと通信ごと切られ、思わずイヤホンを投げ捨てたくなったが、痕跡を残すのは二流の仕事だ、と抑える。

 おそらくこれが最後に聞く諜報担当の声は、言葉だけはいつも通りだが、少し震えていた。


「あ……あ」

 会話には加わっていなかったものの、イヤホンを通して情報を共有していた後輩は、目を見開いて座り込む。

 もともとメンタルに不安要素があると思っていた後輩だったが、目の前で仲間の裏切りを見て、完全に戦意を喪失していた。

 

「落ち着」

 言い切る前に、カシュッと音がした。振り返ると、後輩は床に寝転んでいた。

 

 頭の下には血溜まりが広がって、その血がコンクリートにわずかに吸われていた。

 力なく床に投げ出された右手には、銃口部に僅かに涎のついた拳銃P226


 狙撃手スナイパーは捕虜にはなれない、と我々はさんざん叩き込まれている。

 狙撃手は敵の憎悪を一身に買う以上、人間として扱われない。

 

 だから自決用に拳銃を、そして自決のための弾は一発、絶対に残しておけ、と。

 

 後輩はこの局面で死を察した。だから脳幹を撃ち抜いて自決した。

 

 ならば、自分はどうする。


 

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