2.


       ***



 陽の沈みかけ、太陽の後を追うように薄い闇が、寒空に広がっている。


 ユーラシア大陸、ヨーロッパとロシア・中国の狭間にある我が国は、隣国・クルネキシアと長年、紛争状態だ。

 お互いに、お互いの領土を吸い上げて統一国家にしたいと主張して譲らず、形ばかりの和平を結んでは反故にしている。

 

 鉱物資源が豊富なクルネキシアは西側諸国からの支援を得て、天然ガス資源がメインの我がリエハラシアはロシア・中国からの支援を受けた。

 大国からしても、どちらかの国が速やかに領土を統一してくれたほうが、資源確保できるメリットから言っても、ありがたい。

 故に、この戦争は終わりが見えない。

 

 要するに、大昔の東西諸国の対立を根底にした代理戦争を、資源争奪戦の形を借りて二十一世紀になってもやっているのだ。

 

 体裁のために大統領府は美しい景観を保っているが、首都であるはずの街は廃虚と生活空間が入り混じっており、国は安定しているとは言い難い。


 大統領府に向かって走っている黒塗りの車。半壊状態の町並みにはそぐわない、光輝いたボディ。

 これみよがしに先導する警察車両の後ろで、舞い上がった埃が黒いボディに貼りついていく。

 

 車の後を目で追うと、北側真正面に見えるのが、大統領府。

 灰白い壁で横幅の広い、バロック様式を模した建物。周囲の荒廃とは一線を画す、きっちりと整備された庭。

 まるで一度も砲撃を食らったことはありません、といった風だが、数年に一度は砲撃を受けて、そのたびに修復されている。


 自分が今いるのは、その大統領府を見渡せる、周辺の建物の中で一番背の高いアパートメントの屋上だった。

 

 市街戦でこれまで何度も砲撃を受けたアパートメントにはもはや誰も住んでおらず、屋上に設置されていた貯水タンクには銃痕がいくつも空いている。

 空っぽのタンクに溜まっているのは埃まみれの雨水だ。


「こんなVIP対応するほどの来賓だったか」

 18:00に大統領府で会食のスケジュールがあるのは確認していたが、今日来る来賓はずいぶんものものしい護衛を付けて移動していると思った。

 

「大統領と会食するくらいだから、VIPなんじゃないの~」

 隣から間延びした、やる気のない声が返ってくる。双眼鏡を除いて車列を見届けている諜報担当の赤毛の男だ。

 

「日本人二人、何しに?」

「アヴェダが取引しようと思ってた本命の武器屋が相手してくれなくて、代わりに紹介された武器屋さんだって。大して名の知れてない武器商人だったよ」

 アヴェダ。

 何を考えているのか、何も考えていないのか、方針と言動がいつも一致しない我が国の元首。妻の実家が資産家であり、その資産を元手にのし上がった実業家でもある。

 この大統領がいたおかげで、我々は十分な装備で戦えている。

 

 公に配備したと言えば角が立つ、特殊かつ最新の装備品の数々を、今回のように武器商人と交渉して調達しているからだ。そんな背景もあり、軍や警察からの支持が厚い。

 

 現大統領がそうやって装備をそろえなければ、さっさとケリがついていた紛争だったかもしれないが、なんとかここまで持ち堪えられた。


「武器商人か。今後を考えるとまずくないか」

「んー、でもこの後のスケジュール考えても、今日しかないよねぇ。仲裁役大使が来るタイミングよりマシでしょ」

 それはそうだった。赤毛の男の言葉は正しい。

 

 紛争仲裁のために、時折、仲裁役の国の大使が大統領府に来る。赤毛の男は「仲裁役大使」と適当なネーミングで呼ぶ。その大使が来るときに比べればまだ、マシだ。

 

 無論、日本からは相当の反発を食らうだろうが、そもそもこの国の紛争に積極的に介入してくるわけでもない国だ。

 日本の民間慈善団体がこちらに来て活動しているものの、それ以外の特筆する国交はない。

 

「欲を言えば、今日の取引で仕入れられたであろう装備は、欲しかった」

 驚くほど無意識に願望を口にしていた。それを聞いた隣の赤毛の男がブッと吹き出した。

 多少の気まずさを覚えながら時計を確認すると、

「17:30、移動する」

 座っていた貯水タンクの影から立ち上がり、非常階段から降りた。

 確認した時間は、おおよそ想像通りだった。

 自分は今から大統領府に向かわなくてはならない。

 

 自分につられるように移動を開始した赤毛の男は、鼻歌を口ずさんでいる。どこまでもマイペースでつかみどころのない性格だ。

 

「じゃ、18:30に裏門でな~」

 18:30に大統領府の裏門へ横付けされた車両に乗って、宿舎に用意された司令部へ戻る。赤毛の男は諜報担当として作戦の指揮と車両を裏門に配置するのが役目だった。

 真後ろで続いていた階段を降りてくる足音は、地上に立った瞬間、すぐさま大統領府に背を向けて歩きだす。


 

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