第5話
手には生成した氷の剣。振り上げる速度に実りのバフが加算された高速の一撃で両断する。木々の梢が揺れて、複数のヴィランが降ってきた。
「ちょ、ちょちょあたし単独で戦うのむり!」
「実り……!」
無理やり後ろへ飛んで、そいつらを斬り捨てる。背中から落ちて鈍痛が走った。
「ありがと……ありがとう……」
痛む部位に実りが手を添えると、徐々に症状が緩和されていった。烏丸実りの能力だ。
『加速の魔法少女』である彼女には致命的な欠陥があった。あらゆる概念を加速させることが出来る彼女の魔法は、あろうことか自分には適応されなかった。魔法少女としての高いフィジカルは得られたものの、それが限界だ。
では彼女の使い道といえば、バッファーやサポーターに限定される。
実るの魔法や私の攻撃を加速させたようなバッファーとしての運用と、先ほど患部を治療したような自然治癒の促進などのヒーラー・サポーターとしての運用だ。
汎用性は高いと言えるが、単独で戦うのが無理との言葉通り、実り一人ではあまりにも手段がなさすぎるのが欠点だった。鉄骨や瓦礫を高速で投げるにしても、投擲物を用意する方法がない。せいぜいが石を勢いよく投げつけるのが限界だった。
「皆代栞、敵っ!」
「わかってる」
新手が出現したので、素早く立ち上がって切りかかる。ヴィラン自体は大した相手じゃない。問題はどこまで距離を稼げるかにあった。
実りを引き連れて山の中を駆けまわる。もうかれこれ一時間以上はこうしていて、撒けたのかそうでないのかすら定かではない。
そもそも敵が何なのかすらわからないんだ。
鉄の針を射出する攻撃を用いていた点を考えればハリネズミ型のヴィランかと想像できるが、それも推定の域を出ない。
ただひとつ明確なのは、ひとまずヴィランの出現が激減する時間帯まで乗り越えなければならないということだ。
それを差し引いても、今の私は必要以上に魔力を節約しながら戦っている。どうしてそうしているのかはわからないけれど、温存しておかなければ詰むという直感めいたものがあった。
ヴィランを切り伏せながら山間部を進む。遮蔽物があれば、鉄針による攻撃をいくらか凌げるのではないかという希望的観測に基づいての判断だ。
そうして私たちは開けた場所に出た。
「……は。は、や、止んだ……?」
実りは息があがっていて、ドレスのようなコスチュームで大粒の汗を拭っていた。
周囲を見回して感覚を研ぎ澄ませるも、ヴィランの気配は感じられない。だが先ほどだって似たような状況で奇襲を受けた。一応、実りを引っ張って木の陰に隠れる。
「……お姉ちゃん」
落ち着いたことで現実が戻ってきたのか、実りは涙ぐんだ。嗚咽を零さないように必死に堪えているのが痛々しい。
「今は生き残ろう。実るだって、そうして欲しいって思ってる」
「うん……うん。ご、ごめん。皆代栞だって、その」
「私はいいから。今のうちに体力を回復しよう。たぶん、まだ来るはず……」
「そ、そうだね。わかった」
ここら辺の草が高身長で助かった。背丈の低い実りはもちろん、私も屈めばすっぽりと覆い隠してくれる。
「……ぁ」
震えていたので手を握ってやる。こうしていないと、目の前で聖名が砕けていく様がリフレインして狂いそうだった。
実りはばっと顔を上げ、丸い目を更に大きく見開きながら私を見る。視線を合わせることはできなかった。
「ぁりがと」
「うん……」
消え入るようなそれを聞き流して、息を潜める。
「お姉ちゃんさ」
「ん?」
だけと、ぽつぽつと実りが語りだした。私としても話している方が楽だ。
「いなくなって、それで、分家の代表って、あたしになるのかな……」
「分家……」
「傍流? だっけ。本家とは違うんだ」
「それは知ってる」
烏丸は三菱や三井と肩を並べる規模の財閥なので、手掛けている事業は多岐にわたる。その主だった舵取りをしているのが本家で、実りたちの属する分家は裕福ではあるものの、事業内容は明かされないらしい。
つまり四季報意外で本家が何やっているのかわからないし、教えてももらえない立場にある。
「でも、リスクを減らせ……とかで、分家と縁を切るための動きがあるみたいで」
「そういうのって法的にセーフなの? 勘当とか絶縁って、何か面倒臭い手続きとかあったと思うんだけど」
「わかんない」実りは小さく首を振った。「でも、お姉ちゃんは魔法少女やりながら、ウチを財閥に留まらせるために色々やってくれてた……」
「……そっか」
烏丸家は金に困ることはまずないため、実りはその恩恵を受けていわゆる良い生活を送っている。
生活の質を下げることが至難の技というのは良く耳にする。落ちぶれた元富裕層が借金まみれで破滅するというのは、ありふれた話だ。
今さらながら胸が痛くなる。気を抜くと、私も堪えきれなくなりそうだった。
そこで場違いな音が静寂を引き裂いた。
ぼーん。
文字に起こせばそういう感じの音だっただろうか。例えば運動会のリレーで耳にするような、あるいは戦争映画で使われるようなサウンド・エフェクト。
「信号弾……」実りが小さく零した。「信号弾だよ! みんな生きてたんだ!」
屈んだまま実りが指差す方向には、確かに何度か目にした色合いの光がある。赤い光で照らされた夜の中でも、不思議とその色合いだけははっきりと視認することができた。
いや、おかしい。魔法少女の再生力は人より高い。それは確かだ。
だからってバラバラになって生き返ることは出来ない。それじゃミュータントだ。
「実り」
「い、行こう。皆代栞っ! お姉ちゃんも志倉雨もみんなも生きてた!」
立つな。そう叫ぼうとしたが手遅れだった。
飛来した針が、実りの胸部を貫通する。
「え──」
私はぼんやりと、さっきまで手を握っていた女の子の胸の中身を眺めていた。
実りの瞳はただただ私を捉えていて、次の呼吸の時には遥か彼方へ叩きつけられて赤黒い染みに変わっていた。
雑木林そのものを揺らすような音の後、高台から何かが着地したような足音が続いた。ヴィランのものではないとわかる。あれが私たちを視認したのであれば、こうやって呆然としている私はとっくに穴だらけになっている。
つまり敵は知性や意識を有していて、攻撃するという選択を行える存在だ。
「──」
そこに立っていたのは、魔法少女だった。
アノニマスを黒く着色したような仮面を被っていることから、それが誰なのかはわからない。腰まで伸びた長い長髪に、禍々しいあしらいの長弓を携えている。
そしてもう一方の手には、仲間たちを射貫いた分厚い鉄の針が握られていた。
「……誰?」
佐藤何某の記憶をあさっても、魔法少女の断末魔にあんな登場人物は存在しない。
気を抜けば今すぐ武器を凍らせて切りかかってしまいそうになる。手足が落ち着きなく震えるのは恐怖以外の感情だろう。
意外にも、その魔法少女は答えた。
「アシッド」
「……偽名でしょ。ふざけてんの」
「ごめんね」
それはこっちの台詞だ。もう無理。我慢できない。
聖名、先輩、雨ちゃん、実る、実り。断末魔さえ上げられなかった仲間たちの末路がストロボのように順番に蘇って、私は金切り声を上げながら地面を蹴り上げていた。
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