第6話 YOU LOSE
幸いにも頭は皮肉なまでに冴えている。クリアな思考がどす黒い感情に支配されるが構わない。少なくとも、このあとヴィランの群れに叩き潰されるにしても、あの魔法少女さえ殺すことができればそれでいい。
先輩は言っていた。殺すことを躊躇うな、と。
さて、まずは彼我の距離だ。目測では10mもないので、これは魔法少女の身体能力では間合いと考えていい。
そして相手の得物だが、これは弓だ。少なくとも番えて引くまでの動作が存在している。仮にフェイクだとしても、私は既に複数層からなる氷の盾をドローンのように展開していた。四方八方から射出されても、恐らく一打までなら叩きこめる。
だがアシッドは動かない。私は即座に足を止めて、狙い撃ちがなかったのを確かめた後に再度突貫を再開する。
「──」
否。動いた。
最小限の動きで放たれた鉄針は、あたかもガラス細工のように複層シールドの一つを粉々に破壊する。それでも勢いの殺しきれなかった一射が背後の雑木林を貫いた。
対物ライフルに匹敵する威力だ。いいや、あるいはそれ以上かもしれない。
ガードは用を成さない。私はシールドへ回していた魔力を凝縮し、アシッドの頭上にあられのごとく氷の柱を発生させる。太さは排水溝のパイプをも上回り、言うまでもないが魔法少女といえども下敷きになれば命の保障はない。
「シッ……!」
だがアシッドは動じなかった。どこからともなく大量の針を番え、バルカンのように射出する。先輩たちを仕留めた技だとわかった。
足元を凍らせて勢いを流し、転がり込むような形で加速を中断。そのまま横向きに地面を蹴ってから反作用で飛ぶ。受け身を取ってから立ち上がって、側面からツララを射出した。
限定的な挟撃。必要以上に魔力を消耗してしまったが、一撃だけでも加えることが出来れば。
「……!?」
だけど私の目論みは大きく外れた。
それは致命的な矛盾を無理やり融合させたような現象だ。アシッドは、まるでヴィランが消滅する際のように霧状へ溶けたのだ。
柱が降り注いで土煙が立つ。皮肉にも自分の策に溺れて視界が妨げられてしまった。私は苦し紛れに信号弾を打ち上げた。深読みしてせめてもの攪乱になってくれたらいい。
「──BLAST.」
それは私の声じゃない。
突如として巨大な衝撃が広間に叩きつけられる。隕石の落下に似たそれは大きな陥没を残し、邪魔な土煙を一気に払う。
煙が晴れた向こう、まるで赤い月を背負うかのようにして彼女は立っていた。足元に、彼女を支えるものは何もない。
そして何より、装備している武器が全くの別物へと変化していた。
「いま、BLASTって言った……」
それは魔法少女へ変身するために必要な符丁だ。出撃前に部室で行ったように、心の鍵をそれぞれの鍵穴へ突き刺して変身が完了する。そうして魔法と紐づけられた武装を展開し、ヴィランへと立ち向かうように出来ている。
そして心の形を具現化して戦う魔法少女にとって、原則として魔法は一人につき一つしか持てないのは当たり前だ。多重人格者でもない限り、心は一つしか持つことができないから。
つまり武装も一つ。私のように魔法で武装を急ごしらえする魔法少女や、実りのようにそもそも武装を持たない魔法少女もいることにはいる。そして複数の形態を有する武装も、存在していることはしているらしい。秀次院先輩は見たことがあると言っていた。
「……だけど、あれは」
先ほどまでは悪魔が打ち付けたような、いかにも敵役の使う弓。そして今は、まるでヒーローが用いるような背丈ほどもある大剣だ。コスチュームにも変化が見られる。
「魔法少女から別の魔法少女に変身した……?」
悪趣味な仮面と長すぎる髪はそのまま。
アシッドはとっとその場から一歩を踏み出すと、光線のような正確さで私に肉薄してくる。
目の前に降り立った魔法少女は、まるでステップでも踏むように私の側面へ回る。そして大剣が生み出す遠心力を活かし、殺人的な軌道を描いた刃が私の腹まで迫ってきた。
「っ!」
咄嗟に空気を凍結させ、肉厚の剣の生み出す。苦し紛れのつば競り合い。
「通らない」
アシッドが呟いた。
果たして大剣は氷の剣を飴細工のように破壊すると、脇腹の肉を大きくえぐった。
側頭部に衝撃が走る。大剣を投げ捨てたアシッドは、そのまま蹴りへと切り替えたのだ。
頭蓋に亀裂でも走ったかのような激痛の中で、脳が揺れる。視界が黒く染まる。喉奥から熱い液体が噴き出してきて、私はその場に倒れ伏した。
脇腹から熱が逃げていく。
「ぁ、ぇ、ぁ……」
呼吸がままならない。出血に伴って、休息に命が零れ落ちて行っているんだってわかる。
視界の下の方には、まるで赤い縄跳びのようなものが飛びていた。
アシッドはそれを勢いよく踏みつぶす。
「っぇ、あぁああああっ……!」
脳みそが裏返っていくかのような激痛に支配された。のたうち回ることも痛みを絶叫で紛らわすこともできない。
「はやく死んで」
吐き捨てるようにアシッドは言うと、その足で私の腹部を勢いよく蹴り上げた。また何かの臓器が潰れて、逆流したみたいに血の味が味蕾を浸す。
「お願いだから、早く死んで!」
言われなくても死ぬってわかる。手足の感覚もなくて、生身のまま凍土へ放り出されたような寒気と孤独感だけがあった。
「……うぃーうぃっしゅあ、めりー、くりすます。うぃーうぃっしゅあ、めりー、くりすます」
大量の害虫が飛来するような、不快極まりない羽音が響く。それはあたかも私たちを包み込むように。
「予想より早い……? なんで」
眼球だけ動かすのが精一杯だ。私は舌打ちをしたアシッドを、ゆっくりと見上げた。
「ごめん。ごめんね、しおりちゃ──」
そして視界もろとも、ぐしゃりと踏みつぶされた。
目を開けると、そこは巨大な試験管の並べられた工場のような場所だった。
人が入れそうなほど巨大な試験管が等間隔で並べられ、中には濃い緑色の液体で満ちているおまけつき。
足場は金網だ。ごうん、ごうんと低く唸る音がひっきりなしに響いている。何かの装置は今も絶えず稼働しているようだ。
そして私は椅子に座らされていた。
背もたれに体重を預けていて、お決まりのように目の前には勉強机のようなものが置かれていた。上に、質の良くなさそうなノートパソコンが置かれている。
「わた、わたし……死んだはずじゃ」
急いで脇腹に触れるも、そこには何もない。縫合の痕跡すら見受けられず、まるで最初から外傷などなかったかのようだ。
「っていうか、私髪、こんな長くないんだけど……」
今すぐ手鏡でもあれば自分の顔を確認できそうなものだが、ポケットの中は空だ。
それに立ち上がろうとしても、部屋の光源はノートパソコンしかない。椅子の周辺の様子だけうかがえるだけで、この全体的な部屋の構造がどうなっているのか、どれほどの広さを誇っているのか、何が置いてあるのかは不明瞭だった。
ならばとノートパソコンを明かりの代わりにして探索しようとするも、それは太くて頑丈そうなコードがつながっていて机から動かせない。無理やりやると、パソコンの本体が割れてしまいそうだ。
「……パソコン」
ぼんやりと浮かび上がるそれを覗き込んでみると、ロード画面が映し出されていた。なんだこれ。接続されていたマウスを掴んでスクロールさせる。
「……これ、私が転生者だって自覚した日付だ」
私はまるで導かれるように、その日付にカーソルを合わせる。
生唾を飲んでから、ダブルクリックしてみた。
全エンドバッドエンドの魔法少女ゲーにTS転生したので、デスアンドロードでハッピーエンドを創り出す @ScondCoffee
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