第3話 ──まで残り1話

 ヴィランの出現をどのように察知しているかと問われれば、勘としか言いようがない。

 虫の報せや、例えば自分はいま何しても上手くいくという特有の感覚。あれらに近しいものが身体の中を突き抜ける。

 一応、魔法以外でも討伐できるみたいだった。秀次院先輩のデータによると、世界大戦中に日本軍が自動小銃で射殺したという記録が残っている。また現代でも新種の害獣と見間違えて、警察が発砲をして討伐したらしい。

 奴らの死体は蒸発するので、表向きは誤射や取り逃がしとして処理されたようだが。

 とにかく、一体一体はその気になれば一般人でも対処可能だ。要は機敏なだけの獣と大差ないのだから。

 それを理解しているのか、ヴィランはおおむね日が沈んでから出現する。

「奴らの身体は、黒い何かの集合体だろう」

 ある日の放課後。西日が差す部室内で、パソコンに向かっている先輩が水を向けてきた。

「そうですね。正直、あれ気持ち悪いです。口の中とか入ってきそうなものなんですけど、あれ自体には触れられなくて……」

「ああ。推論だが、あれは物体に干渉する能力がない闇のようなものではないかと考えている」

 先輩は空になったマグカップをテーブルに置く。すると西日を浴びたそれは黒くて長い影を生み出す。

「……これが何か?」

「まあ見ていろ」

 そして先輩は手近なボールペンを、少し外れたところへ置いた。

「……は?」

「太陽は程なくして沈んでいく。するとマグカップの影も、ボールペンへ向かって動いていく」

「はい」

「影は延長される」

 先輩はボールペンの先のところに、水性マーカーで『空見町』と書き込んだ。

 日が沈んでいき、やがてボールペンの分だけ僅かに伸びたマグカップの影は、空見町の文字を覆い隠した。

「こういう風に、元々あるものなんだろう。それが夜になると私たちの世界に干渉できる。依り代を喪うと、霧散するのではないか……」

「すみません。ちょっとよくわからないです……」

「要は酸素や窒素と同じように、世界に漂っていて、それが夜になると依り代を得て顕現するのではないか……そう睨んでいる」

 私は目を見開いた。それじゃあ永遠に終わらないじゃないか。

 すると反応を見透かしていたのか、先輩はくつくつと笑う。

「ならば、この依り代が何なのかを特定してしまえばいい。

 ヴィラン自体は、小型のものであれば銃火器で殺害可能なほど現実的なものなんだ。ならば大型のものも、然るべき兵装と作戦で臨めば仕留められるはず……だ。

 それこそ烏丸財閥によってローラー作戦を発動させたり、あるいは世界そのものに魔法少女関連の存在を公表して、一斉に依り代の排除を行うなどだな。それだけで、ヴィランは私たちに干渉できなくなる」

 理屈は何となく飲み込めた。

 つまり幽霊がいて、それが死体に憑依してゾンビになるのと同じ原理だ。

 だったら多くのゾンビ映画でそうしているように、墓地から亡骸を掘り返して片っ端から火葬してしまえば自体は収束する。

 ──こんな基礎的な原理を私が知らないのは何故だ?

「いやいや」

 転生者とか魔法少女の断末魔とか、あれは悪い夢だったということで片付いただろう。

 私は生まれた瞬間から皆代栞でしかない。

「どうした?」

「あー、えっと、依り代の特定って……」

「今はまだ、データを集めるしかない。仮説が当たっているかも確証が持てないしな」

「ですよねぇ」

 空気が沈みかけたところで、口喧嘩をしている雨ちゃんと実りが戻ってきた。曰く、連盟で最強なのはお姉ちゃんである派閥の実りと、最強は私ちゃんだよー派閥の雨ちゃん。そしてそれを黒幕のようにうすら笑いで眺める実るに、興味なさそうな聖名。

 いつもの光景だった。

 UNO大会で二位以下だった彼女らは買い出しに行っていたのだ。

「だって志倉雨はいつも猪突猛進じゃない! カバーする私の身にもなってよ!」

「はいざんねーん! それは雨ちゃんの欠点であって実るお姉ちゃん最強説にはつながりませーん! やーいやーい!」

「うふふ、最強じゃなくなってしまったわね」くすくすと笑う実る。実りは慌てて反論した。

「かっ、語るに落ちたわね志倉雨! あんたの理論は穴だらけ! そもそもの発端が志倉雨最強って話じゃない!」

「ふむ、これに反論したら何も悪くない実る先輩を貶めることにつながっちゃう。だったら雨ちゃんと実るちゃん最強で、最弱が実りちゃんってことになるね!」

「うふふ、最強になってしまったわ」

「お姉ちゃん最強だー! やったー!」

 あれでいいのか。いいんだろうな。聖名は欠伸を手で抑えていた。

 買い出し。つまり私たちはこれからヴィランの出撃に備えて部室で待機することになる。

 部室には簡易的だがIHのキッチンに、アメリカのような大型の冷蔵庫まで備え付けられていた。烏丸財閥から供与されたもので、つまり財閥は魔法少女の存在を知っている。

 ここら辺については、まあおいおい語ろう。

 秀次院先輩の蓄積してきたデータは至れり尽くせりで、ヴィランの出現しやすい時間帯から、ほぼ出現しない時間帯まで幅広くカバーしていた。

 言うなれば危険な時間帯を過ぎるまで待機し、終わったらそのまま帰宅する。魔法少女は屋根伝いに飛び跳ねる事も可能なので、文字通りダッシュで帰ってダッシュで眠る。

 そういう生活が続いていた。

「料理当番は誰だ」

 秀次院先輩が問う。

「葛城先輩でしたよ?」

 雨ちゃんが聖名を示した。

「栞ちゃん、カレーとシチューどっちがいいかな」

「え、シチューかな……」

「うんわかった! シチューにするね!」

「おい葛城。貴様、皆代以外にも意見を募れ。私はカレーがいいぞ」意外にも秀次院先輩が抗議の声を挙げた。雨ちゃんはなにが面白いのかケラケラと笑っていた。

 わいわい騒ぎながら、日は暮れていく。

「ん?」

「どうしたの栞ちゃん」隣で野菜の皮むきをしている聖名が振り向いた。

「いや……誰かいたような」

「……この前から、ちょっと変だよ? 本当に大丈夫? リーダー、負担なのかな」

「平気だよ。実るにもお世話になったし。シャトーブリアン? だっけ。あれも美味しかったし。まだまだ頑張れる」

 聖名は若干不服そうに私を睨んでいたが、やがて鍋へ戻った。秀次院先輩の提案は虚しく却下され、ブロックタイプのルーはハウス食品のクリームシチューだ。

 手慣れた手つきでそれを投じる聖名。鼻歌交じりで楽しそうだ。

 私もいつの間にか不安を忘れた。

 現実逃避に近しいことは、たぶん自覚していた。

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