第2話

 魔法少女というのは、誰もが想像する形と同じものだ。

 適正のある少女を中心に選ばれ、魔法の鍵を使って心の扉を開き、コスチュームと武装を顕現させる。

 私こと皆代栞が『氷結の魔法少女』へと覚醒したのは、先月のこと。

 聖名と遊んでいた帰り道、夜道で謎めく黒い影の『ヴィラン』と遭遇する。多くの羽虫が集まったようなそれは、五本の足を意味不明な蜘蛛のように動かして襲い掛かってきた。

 食い千切られるその瞬間、私たちの目の前に青白い魔法の鍵が出現した。

 私と聖名は導かれるように魔法少女へ変身し、遅れて駆けつけてきた空見高校そらみこうこう魔法少女連盟と出会った。

 魔法少女連盟とは、表向きは天文学部として活動している。女所帯なので男子は寄ってこないし、また女子も天文学というニッチな趣味に興じる者はそういない。半年に一度、部員以外の誰かが顔を出せば良い方らしかった。

 聖名と共に天文学部の扉を開ける。

「あら、皆代さん。ごきげんよう」

「……実る」

 烏丸実る。烏丸財閥の傍流らしく、口調の通りの人物だ。

 あでやかな茶髪を艶然と垂らして紅茶をすするその姿は、まるで漫画のキャラクターのようだ……といっても、ゲームのキャラクターなのだけれど。

「む、皆代栞。今日も来たのね。タナボタリーダー」

「あはは……」

 その妹である実りは姉とは対照的だ。茶髪は肩まででばっさりと切り、紅茶ではなく極彩色のジュースを飲んでいる。

「みのりんやめようよ。雨ちゃんの次に戦力になってるのが先輩なのは事実なんだし。ねんこーじょれつだよ!」

 私の援護をしてくれた活発そうなボブカットは志倉雨。素直……なのだが、どうにも食えない。ナチュラルに世界で一番自分が強いと思い込んでいるタイプの女の子。

「ああ。皆代が短期間で大型ヴィランの単騎撃破を成し遂げたことを鑑みると、彼女を精神的な支柱にした方がより結束できる」

 気だるげな口調ながら理論派のこの人は、秀次院世恋。学者肌って感じの人で、ヴィランについても独自の研究を行っている。

 私が来るまでは秀次院先輩がリーダーを務めていたらしいのだが、本人曰く後方支援の方が向いているらしい。体よく押し付けられた形になる。満更でもないけど。

「でも、先輩が作戦を立てて、雨ちゃんが前線で戦って、烏丸さんたちと私が援護して、栞ちゃんがオールラウンダーに動く。うん、栞ちゃんが一番働いてると思う」

 そして私を全肯定してくれるちょっと危うい幼馴染こそ、私と同期の葛城聖名。優しい子なのは間違いないけど、たまに少し怖い。

 そこに私を含めた六人が、空見高校魔法少女連盟のメンバーになる。

 目的は単純明快。散発的に出現するヴィランを討伐することだ。

 これまではときおり苦戦しながらも、何とか乗り越えられてきた。

 ただ、今の私はこれまでの私とは少し違う。転生者としてみんなを欺いて来てしまった負い目もあるが、何よりまず、目先に迫っている脅威を知っているのだ。

「……みんな、聞いて欲しい」

 私はホワイトボードの前に立った。五つの目線が私に突き刺さる。喉が乾いていたので聖名がくれたお茶を飲んでから、ゆっくりと切り出した。

「まず、この世界はゲームだ」

「は?」実りと雨ちゃんの疑問がハモった。

「魔法少女の断末魔っていう、悪趣味なゲームの世界。全てのエンディングが絶望的で、私もみんなも……その、殺される」

「どういう意味だ。もっとわかるように説明しろ」

 秀次院先輩は表情を変えないまま続きを促してきた。それはそうだ。いきなりゲームだなんて言い出して信じてもらえるはずもないし、私だってこんな荒唐無稽な話をされたら反応に困るだろう。

 それでも言わなければならないと決意していなければ、この人たちは救えないかもしれない。

「私は、その、この世界とは別の世界から転生してきました。そこに、この世界とそっくりそのまま同じゲームがあったんです」

「……ほう。ゲームか。私たちが全滅するとは?」

「原因はわからないんですけど、これまでとは比較にならないレベルで大量のヴィランが発生します。私たちの処理能力を大きく超えていて、学校まで追い込まれ、そこで、全滅するんです」

 場を沈黙が支配する。さっきまで騒いでいた雨ちゃんと実りですらぽかんと口を開けている。

「栞ちゃん、疲れてるの……?」

 聖名が心配そうに見てくる。他のみんなの反応も、疑ったり咎めたりするようなものより、純粋に私がおかしくなったと考えているものだとわかった。

 おかしいと怒られるより、そっちの方が堪えた。

「第一」実るが申し訳なさそうに言う。「仮にそれが全て事実だとしましょう。魔法少女の断末魔というタイトルの通り、Xデーに私たちは惨たらしく殺される。だとしたら、対処法は? ただトンと殺される……そう言われたところで、どういう要因なのか判明しないといけないわ」

「それは、ヴィランの大量発生で」

「皆代さん。じゃあ、その大量のヴィランはどこから来るの? 私たちはどうやって殺されたの?」

「……」

 記憶を漁ろうとしてみるが、その知識はなかった。私が忘れているだけなのか、あるいはヴィランの大量発生の原因まで設定されてないのか。

「それは、えっと」

「まあ、皆代の危惧もわかるさ」

 秀次院先輩はゆっくりと椅子を立つと、私の分のマグカップを手に取った。淹れてくれた珈琲は、いつも通り馥郁たる香りを漂わせていて、味も良いとわかる。

「責任感の強い性格なのは知っている。ヴィランが大量発生して、全滅の危機に瀕したらどうしよう……そうやって不安になってしまったんだな」

「いや、あの先輩」

「安心してくれ。過去にヴィランの大量発生は確認されている。ただそれでも、その前兆として、ヴィランの発生頻度が極端に増加したり、逆に減少したりすることがあった」

 先輩はノートパソコンを開くと、そこに表示されていた集計データを見せてくれた。見出しには、『空見町ヴィラン出現頻度の推移』とある。

 数値は先月に少し増えて、今月の中旬から微減する。このような微細な増減は今までに何度もあったケースであり、特別注目するようなものではない。

「心配してくれたんだな。ありがとう。そしてすまなかった。押し付けすぎたみたいだ」

「……タナボタリーダーとか言って、ごめん。皆代栞、疲れてたんだ」実りがしずしずとした様子で謝罪してくる。目が潤んでいたので、実るは優しく妹を撫でていた。

「先輩。大丈夫です。雨ちゃんがここにいます。大船に乗ったつもりで任せてください。それに私だけじゃなくてみんながいるんですから」

 雨ちゃんは蓮っ葉に歯を見せてにかっと笑う。

「皆代さん。本日は当家のディナーへ招待するわ。一流のホテルも予約してあげる。今夜だけは魔法少女のことを忘れて、ゆっくりと羽を伸ばせばいい」

 実るの提案はあまりにも思いやりに満ちていて、私はみんなの顔をゆっくりと見回した。そこに浮かんでいる優しげな眼差しに触れていると、途端に悪夢から目覚めたような安心感が込み上げてきた。

「……うん、そうしようかな。ごめんね、みんな。急にわけのわからないこと言って」

 聖名がゆっくりと歩み寄ってきて、抱き締められた。私は親が迎えに来てくれた迷子のように、泣き出してしまった。

 そうかもしれない。私は疲れていたのかもしれない。

 冷静になって考えてみたら、佐藤なんてものはありふれた苗字だ。私が転生者という自覚だって、最近の娯楽に触れていたら思い浮かびそうな妄想でもある。

 魔法少女の断末魔? もう少し凝ったタイトルをつけるべきだ。直球過ぎて芸がない。私に物語を作る才能がないっていう証明だろう。

「……実る」

「どうしたのかしら?」

「私だけじゃなくて、みんなで行くとかありかなって……」

 お嬢様は得意げに笑った。


 そうだ。全部悪い夢だ。

 仲間たちと過ごしたゴージャスな経験は、まるで修学旅行みたいで楽しかった。

 舌の上に乗せたらとろけるようなステーキも、何か知らないけど泡が無限に出てくる浴槽も、ぜんぶぜんぶ楽しい思い出。

 いつか大人になった時、こういう経験をみんなで振り返れたらいいな。

 心の底からそう思った。

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