全エンドバッドエンドの魔法少女ゲーにTS転生したので、デスアンドロードでハッピーエンドを創り出す

@ScondCoffee

第1話

 0

 校舎はヴィランの群れに覆いつくされていた。

 魔法少女は、仲間は、もう何人残されているのだろう。誰とも連絡がつかないまま、孤軍奮闘でかれこれ一時間以上は戦い続けている。

「──らァ!」

 空気を凍結させて剣を作り、加速をつけてヴィランを切り裂く。黒い影で覆われた獣は、羽虫が飛び散るように霧散した。

 ヴィラン。それが何なのかはわからないが、気付いたらこの世界に存在していた。今しがた切り飛ばした獣のような形状から、四本足の大蜘蛛、更には巨人のような奇妙な形状まで多岐にわたる。

 共通しているのは、魔法少女の敵であり人類の敵であるということ。奴らは命を手あたり次第殺すように出来ていた。

 秀次院しゅうじいん先輩は、いつも通り気だるげにしながら説明してくれた。

「ただ容赦はするな」

「容赦、ですか」

「ああ。対話は通じないし、意思や自我も恐らくない。機械と同じで、文明を育む命をなんでも良いから殺そうとするキリング・マシーンだ」

 武力以外での解決を試みた魔法少女もいたそうだが、結末は概して同じだった。先輩は苦々しく話をしめる。

皆代栞みなしろしおり。お前が魔法少女として守りたい物があるのなら……非情に徹することを忘れるな。殺すべき敵を、決して見誤るな」

 私は、同じく魔法少女として覚醒した幼馴染の顔を思い浮かべる。そして先輩に力強く頷いた。

「はい。絶対に、敵は倒します……」

 時は現在に戻る。

「凍れっ……!」

 飛び掛かってきた複数のヴィランたちは、水素を凍結させた巨大なつららで歓迎する。胴体から貫かれた影はだらんと脱力すると、黒い影をまき散らしながら霧散する。

 その秀次院先輩すら生きているかどうかも怪しい。今回の襲撃は異常なほどで、数体のヴィランなど瞬殺できる志倉雨の連絡がそうそうに途絶えた。

 続いて対処しきれないほどのヴィランが出現し、私たちは必然的に閉所での戦闘に迫られた。開けた空間だと危険だった。

 そこでメンバーの烏丸姉妹とはぐれ、彼女らが生きているかどうかも定かではない。クスクスと笑いながら見下してくる憎たらしい姉妹だったが、いなくなると不安が絶えない。

 そして、幼馴染の葛城聖名かつらぎみなまでいなくなった。ヴィランと近接戦をする私を弓で援護していてくれたはずが、振り返ると忽然と消えていた。

 私は死に物狂いで剣を振り続ける。

「いつまで……!」

 いつまでこの襲撃は続く?

 腕の筋肉が悲鳴をあげていた。ロボットアニメのようにメーターで表示されるものでもないが、それでも魔力が残り少ないと告げている。

 心が折れそうになったのを、歯を食いしばって何とか堪える。まだまだ新手は出てくるはずだ。こんなところで屈するわけにはいかない。

「しおりちゃ」

「聖名ッ!?」

 名前を呼ばれ、私は弾かれるように振り返った。

 そこには何もいない。

 いや違う。

「……屋上?」

 魔法少女にも共鳴のようなものがあるのかわからないけれど、それでも直感は屋上だと訴えている。私は手近なヴィランを殴りつけて凍結させると、踏み砕いてから階段を駆けのぼった。

「聖名、聖名、みなっ……!」

 待ち構えていたヴィランを撫で切りにしながら屋上の踊り場に出た。

 私は背後から迫ってくる敵を感じながら、施錠されたそれを勢いよく蹴破った。

 ぬかるんだ外気が私を迎える。空には赤黒い月が浮かんでいて、あたかも世界の終わりを知らせているようだ。

「……みな?」

 その中央に、複数の十字架のようなものがあった。

「せんぱ、雨ちゃん? 実る、実り……?」

 思わず嘔吐しそうになったのを寸前で堪える。それでもあんなものを、見たくはない。

 仲間たちは全裸に剥かれ、キリストのように磔にされていた。生きていないと一目でわかる。例えば雨ちゃんは頭の一部がなくなっているし、実るは下半身がごっそりとなくなっていた。

 そして聖名は、首だけが足元に転がっていた。

 堪えようとしたが限界だった。みんなで食べたマクドナルドがどろどろになって出てきた。

 口の端を拭う。

「……あ、いやだ」立ち上がろうとしたが、魔力が、そこで枯渇した。

 魔法少女のコスチュームが光の粒となって飛び散る。肺の中身がなくなったかのように、呼吸さえままならない。

「いや……こんなの、嫌だ、嫌だ」

 ──皆代。お前は期待の星なんだ。私たち空見高校魔法少女連盟のリーダーとして。

 秀次院世恋せれんから託された光景。

 ──せーんぱいっ! 大丈夫です! 雨ちゃんに任せれば百人力ですよーっ!

 志倉雨しくらあめの自信に満ち溢れた笑み。

 ──ま、お姉ちゃんが認めてるから、あたしも許してやってるだけだし?

 烏丸からすま実りの、素直じゃない様子。

 ──ふふ。面白いわねあなた。もっといいものが見られるかもしれないから、協力してあげる。

 その姉・実るの、人を食ったような不敵な態度。

 そして。

 ──大丈夫だよ、栞ちゃん。例え世界が敵になっても、私だけは味方でいるから。ね?

 どこまでも私の味方でいてくれた、葛城聖名。

 みんなばらばらにされていた。

「……うぃーうぃっしゅあ、めりー、くりすます。うぃーうぃっしゅあ、めりー、くりすます」

 場違いな歌だ。

 綺麗な声だと思った。

「We wish a merry Christmas──あんど、はっぴー、にゅー、いやー……」

「あ……」

 羽虫のような黒い影が集まるに連れて、それは調子はずれの音階になっていく。

 周囲に立ち込める羽虫たちが歌っているのだとわかった。私を包み込むように歌は反響し、冷え切ったはずの臓腑を更に凍えさせてくる。

 にたにたと笑う影だった。

『ワル、い、うで、だなァ。ひと、ころすの、すきなウデだ。ちぎっちゃおう』

 彼らは私の手足を優しくつかむと、打って変わって乱暴に起き上がらせる。

 綱引きのような構図。

「あ、や、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやっ──」

 終わり。

 終わった。

 ぶちぶちという感覚が私の最期だった。

 なんでこうなったんだろう。

 なんで?

 誰か替われよ。

 頼むから。



 露悪的な魔法少女のリョナゲーは珍しくない……みたいだ。

 少なくとも、転生前の私が生きていた世界では。

『魔法少女の断末魔』というR-18指定のグロリョナゲーがあった。一部にヴィランによる凌辱が存在し、言うまでもないがハッピーエンドどころか一つの救いも存在しない。

「最悪だ」

 これまで魔法少女・皆代栞として生きてきた私は、唐突に自分が転生者だという自覚を得た。

 転生前の名前はおぼろげで思い出せない。ただ佐藤なんとか、みたいなつまらない名前だったような。

 それよりも重要なことがある。

「……私が皆代栞ってことは、死ぬじゃん」

「え、なにが?」

 葛城聖名はぎょっとした様子で振り向いた。

 通学路で幼馴染が死ぬとか言い出したら、それはもう驚くだろう。聖名は優しい子だし。

「ああ、いや、なんでもない」

「し、死ぬ? 栞ちゃん、死ぬの? いやだよ? 栞ちゃん死ぬなら私も死ぬよ?」

「そこは止めてよ……」

 見ての通りかなり天然の入っている聖名は、このようなアクロバティックな解釈を平然とやってのけるつわものだ。そのせいで、かなりの美少女にも関わらず男たちから一線を引かれている。

「あー、えっと、変な夢。そう、変な夢見てね? うんうん」

「そうなの……? 夢占い的には凶兆かもしれないし……何か悩みでもある?」

「あー、まあまあ、後でね」

 じとーっと見てくる幼馴染をいなしてから、私は思索に耽る。

 このゲームのエンディングはおしなべてバッドエンド。私はおろか、どのエンディングでも漏れなく全滅という極端な需要に応じた作品だ。

 序盤こそヴィランに対して優位に立つ魔法少女たちだが、次第に数を増していき、最終的には大襲撃を受けて一人残らず凄惨な末路を迎える──記憶がある。

 空を見上げると、呆れるほど平和な青色がそこにある。トイ・ストーリーのアンディの部屋の壁紙があんな感じだった。

「……生き残れるかな」

 空の色とは裏腹の、暗澹たる気持ちで独り言ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る