Track 006 WANNA MORE HURTFUL GRAVITY
なるべく
その意力が喜ばしく実らなかったというのは、央歌にとって致命的な不幸を招いてしまったのは、取り戻したついで、意気盛んに、「たとえだめでも、這ってでも、来ないでいられない。くたばったって、あいつらがどういう
八汐は章帆と央歌の並ぶ間にするりと入り込み、難なく央歌の隣の位置を得ると、にこやかに央歌を見上げ、五寸では足りぬような釘を差した。「うん? ウカちゃん、そんな馬鹿やって、もしかして、私に見捨てられたい?」おそらくのところ、最大級の脅し文句であって、無茶をして体調を崩した直後のこと、まるで懲りぬでは寛容になれるはずのあるものかと。央歌の過剰な戦意は
章帆にドリンクを手渡し、自然と一番左側に位置したぼくのそば、すぐ隣で、章帆がか細く、ぼくにしか聞こえないような声量で、つまりはぼくにだけは聞こえると承知で、情け深く呟いた。「ああ、
ぼくのみに向けて言っているというのは間違いないらしく、呟きの足すところでは、「よかったですね。私が慈愛の女神で。あっち、ずいぶんと恐怖政治みたいだから。」とのことなので、ぼくは怯えて保身を先にした。
ぼくたちがフロアの後方にいて、自由にやれて、居心地の悪くなかったというのは、殉教者たちがフロアの最前へと押し寄せ、あまりの密度で集まるゆえに、フロアの後ろ半分を、ぼくたち目当てで来た客を一部残しながらも、不自由なく歩けるほどのゆとりある空間に変えてしまっていたからだった。さすがに最前に押し入ることはできぬものの、〈
陰りにある舞台上に差す光は、五つの
割り入った都合上、三條の場合は律儀さもあろうが、〈
熱狂のギアは果てを知れず上がる、歓声であり嬌声、そして何よりも、
殉教者がその熱度を絶え間なくする中、三條は無造作にスタンドからマイクを抜き取って、マイク越しに声を投げかけた。彼らはここで、幾度も、幾度も再会を果たす。殺し、殺されるために。「俺たちに会えてそんなに嬉しいか。俺だって嬉しいけどよ、毎度毎度、出てきただけでよく騒ぐもんだよなァ、もう見慣れてねェか。俺たちの顔なんて。」熱狂の湿度が変わる、
央歌の呟きが耳に入る。「気に食わない。」この一連の流れだけでも、すでに、央歌の気に障るところがあるようだった。三條は惜しそうにしつつも、そこそこで話を切った。「悪ぃなァ、あんまり時間取れねえんだ。今日は。」それだけだった。具体的な指示なく、殉教者の全員が即座に応じた。沈黙、無言、一斉に口を閉じ、微動だにせず、そして、発火を待つ。
三條は苦笑いを
「俺たちにどうして欲しい。答えろ。」
四分音符ならふたつ。
ぴったりそれだけの間を置いて、殉教者たちは、もはや斉唱に似て、その全てで叫んだ。
「殺して!!!」
コロシテ。この上なく
彼らの月の裏側だ。
三條たちの抱く、遙かに望み、そしてついに降り立つ正気だ。
舞台上、マイクを握るまま、三條は屈託無く笑う。
本当に、心の底から、おかしくてたまらないと言わんばかりに。
「なァ、ホント、笑っちまうよ。こんな馬鹿げた話、いつまで経っても俺は慣れそうにねェや。そうだ、マトモなんかじゃねえ。けどな、ここでこそ、それは正しい。よくご存じだっつーハナシだよ。いいぜ、殺してやる。」
「笑わせる。そんなに死ぬことが大事か。だからここまで来たか。なァ、救えねえなぁ、おまえらも、俺たちも。お望みは何だ。殺してやりたくてしょうがねえよ。ナイフで刺すか、銃で撃たれてくれるか、それとも、俺がこの手で絞めるか。あァ、そうはさせてくれねェんだろ。この贅沢ものども、クビシメが嫌なら、何で殺されたいか、ちゃんと言ってみな。」
問いかけの終わりから、ちょうど、四分音符ならふたつ。
殉教者たちは、口を揃え、欲した。
「あなたの歌で!!!」
その切望は、ただ
立ち尽くしていたのみだった他のメンバーが、演奏をいよいよ始めてやろうという気配を見せる。
「鳴っちまったら、『いつもの』で頼むぜ。今夜の連中、とっくにご存じだ。やりようってやつは。殺されてやるイノチ、後生大事に
待ち焦がれていた。
その叫びを上げられる時を。
殉教者たち自らで、
待ちきれるはずもないと、四分音符なら、ひとつだけ。
あまりにも等しく、咆哮は揃った。
「Our Songs Hurts Worse Than Anything You Could Bring Yourself To Do At World End!!!」
その名が、限りなく正しく呼ばれる。鳴る。そこでこそ鳴ることの着火、殉教者たち自身が望む断頭台、傷つけ、害して、痛めつけ、そして、コロシテ。私たちができる何よりも、あなたがくれる傷こそが、何より酷く、
下敷きとなる絶えぬ
その秀麗な
明確にメインとサイド、役割を分けるギターのふたつの鳴動は、あるいはどちらが主役なのか、耳の肥えた者ならばこそ分からなくなる。
なお表にいられて、陰に隠れることのないのであれば、メインとして
交響。
揃えば見える。
演奏の確かさで、それのみで、殉教者の望む死が待つか。
――あるはずがない。
意志がある。
一切のぶれのなく、戴く者によって統率された、完全な感情がある。
おそらく、この場でもっとも耳を塞ぎたくなったのはぼくだろう。こんなもの、ぼくの精緻に過ぎる音感にとっては、猛毒にも程がある。楽譜を見せてもらいたいものだな。破り捨てたくなるだろうよ。
高らかに混じる。
攻撃の不協和音。
悪意の不協和。ためらいなく調和を亡きものとすればこそに、彼らのサウンドは高鳴っていく。演奏の
待っている。
今ここに完成することを。
いったい何が?
決まっている。
紛れもない――
殺意。
三條燈一の
その全てが攻撃。
自壊と尖鋭の混濁の中に生ずる
純粋で完全な意思統一。
本気だ。
何に至るまで、
本気で殺すつもりだ。
殉教者たちの
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