Track 012 ANY BETWEEN TEARS AND TEARS
きみは言ってないな、わかってるよ。
呼ばれたから来たのだ、とは。
どうだっていいさ。そんなことは。これから起きる五分弱で、悔恨と
次第次第、客の群れも、ざわつくことを忘れてきている節があった。
「ああ、
とんだ茶番だとしても、ぼくはシンバルをひとつうるさく鳴らして、抗議の意を示した。内心では、大いに同意するところなのだが。もっとも、今この時、愚かしさで言えば、
より一層、客は静まる。ただの迷惑行為でない、何かが起きている、起きようとしている、何か、何かが、思わされている。
ここからはもう、いっそぼくたちらしい、奪い合いだというのだ。
目の当たりにして、
「サプライズの演出だって言ったら、納得しますか。しませんよね。ではけっこう。私たちに、ライヴを続けさせてください。どうか。私たちに、です。うちのバンド、とっくに、このライヴの始まる前から、四人組だった。今それを知った。今までは音楽の神さましか知らなかった。誰も欠けていないライヴを、残り一曲だけ。」
言い終えるや、マイクを央歌に奪い返された後、章帆は一礼だけして、もとの位置に戻った。弾くつもりで、だ。
「欲しいか。なら
勇んで立たんとする八汐は、何もかも急ごしらえで、ろくにチューニングの余裕もないならあるいは弾きながら直すのだし、エフェクターも央歌からの借り物で満足に説明を受ける間もない、合わせたことも無論ない、それでも、言ったな、ギターが違うと、この曲が好きだと、おまえだけなんだぜ、
今夜はがきをくれてやるさ。そのがきが、旗を振れ。いずこなりとも。愚かしい航路へと導けよ。そして、ぼくらを、真に〈略奪者たち〉たらしめてくれ。ぼくさえも知らない、ぼくの
ベースはすでに、静かに刻む。変則的な曲の構成――であれど、本来よりずっと先駆けている。もともとの位置で、ぼくを迎えようというつもりはなく、あるいは曲を始めてしまうことで、舞台上の
曲のアタマのドラムソロ、本来は四小節のそれを、ぼくの曲をぼくが
恐ろしいな。まったくもって。今、ぼくを
ふたりとも、そう睨むなよ、
弾け。
それはギターか、
八汐は弾いた。彼女の持つ
まるで半分でない、人を生かそうとする意思を尊く認めながらも、その一方で、何を壊すとも
八汐は弾いた。絶え間なく涙に陥ろうとも、その音色から何ひとつ捨てることがなかった。
かなしいね。
鳴る音と私のこころの、どっちも嘘じゃないけど。
弾きたいね。
痛くてたまらないよ。
壊したくなんてない、傷つけたいわけじゃない、でも壊すんだ、傷つけるんだ、そうしたいんだ。絶対に、絶対にそうしたいんだ。
聞いてしまったから。
私が弾かなければ死んでしまう
許さない。
この
こんなに本当に泣いてしまって、そのうち慣れよう、みっともないから。それでもこころのうちでは、いつまでも注ぐのだって、ねえ、お客さんはどうしているのかな。ぼやけて、よく見えない。生かされているのかな、殺されているのかな、両方だといいな。私がイノチを宿せているのなら、きっと、そうなっているよ。それが、この
わがままだよ。
鳴って。
壊して、治して、生かして、殺して、そして、
私だけの音色で、この
死なせないよ。
きみが誰か知りたいか
うつくしい弱さのすべて
Please say goodbye to yourself, right?
Smash every silence even if you are gone
きみが言うなら賛成だよ
So long, farewell, and goodbye Margaret
どうやって舞台上から
ぼくらの起こした問題は、後日に改めて
「どうとも思ってません。本当は。〈略奪者たち〉のこと。そしてそこにいる自分は、憎くて、いやだな、うん、いやです。ひとりでいるより、もっともっと、壊してしまう、それができちゃうのも、そうだし。自覚とか、そういうのないです。取っていいって言うから取ったけど、そんな自分勝手でいて、もしかして、正しいのかもしれないけど。ここでは。でも、そうなりたかったわけじゃないですし。」
涼風は、少しばかり強さに委ねて過ぎる。各々の髪を、それぞれ、その長さの揺らしやすさの分だけ揺らしていく。ぼくを含めなければ、八汐の髪がどれより揺れない、ただひたすらに、
「聞いてしまったから。」
本当に、それを
「私は、
知れたことではある。自らで掴んだ結果ではないと。その結果の点が悔しげだというのは、
「ありますか。」
八汐は問う。視線はぼくにこそ向く。どうせ自分に目は向かないと、章帆はそれも承知で場を投げたのだろうか。
「ただひたすらに、一谷サンの曲を死なせたくない、譲りたくない、バンドなんて分かち合うことのできない、私を憎む、私がいやな私、それでかまいませんか。そんな私がギターを弾ける場所は、このバンドの中に、〈略奪者たち〉の中に、ありますか?」
ぼくが煙草を一本出すとともに、きちんとライターもズボンのポケットから出したので、あるいはこれ以上付き合わせるのも忍びないところ、央歌は煙を避けて、先立って帰路を行った。逆の方向では、「いいですよどうせ。私なんて負け犬は火の
「野暮を言うなよ。」
興味がないってなら、仕方ない、少しばかり、うちの流儀ってものを
「きみはもう奪ったんだ、それを。きみの
認められて、理解して、そして八汐はうずうずしている様子で、それこそ
どんな美しさで飾り立てたって、難破船の出航には不似合いだろうよ。
不幸になれ。
なんていう夜。まるで最高の夜。
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