Track 011 TONIGHT IS TONIGHT
お前が先鋒だろうと、暗黙の合意が見て取れて、ぼくを立ててくれているのか、中堅や大将に比して信頼に欠けるということか、ぼくが先んじて逆光を浴びる
ぼくを立てるのでも信頼でもなく、単に個人の人気順のようで、次いで出てきたのが
どこまでが計算尽くであったものか、日程が決まった時点でおよそ見えていたことなのか、イノリの客を奪えば角が立つとは言っていたが、あまりにもなコントラストで、
章帆は愛想良く、愛嬌の大安売りで、手を振ってみたり、飛び跳ねてみたりと、それを役目としてやっているというのでなく、章帆とは誰よりも根深い
ぼくはドラムセットの中心に陣取り、その調整をしていく中で、今を考える。
いる。
ここに。
欲しい涙がある。
人の渦の中、どこに立つものかは知れずとも、いればいい。今ここに彼女がいるのなら、ただそれだけでいい。いつかの未来はここにない。あることを許されない。知れない。望まない。ぼくは今夜ここで、まもなく、死ぬのだそうだ。だったら――
呼びたい。
ただ、今、その存在を、涙を、求め続けるということを、ぼくはしたいよ。
場の空気はもはや、にわかに、甘い痛みを伴い始めている。打ち合わせにはなかったのだが、章帆が一定のテンポで
「こんなバンドのライヴにうっかり来てしまって、運が悪いんだね。諦めてくれるかな。かわいそうな皆さん。悪いけど、手加減なんてしてやらないよ。」
「残念だね。それが〈略奪者たち〉というものだから。全力で潰しにいく。必死に抵抗して生き延びて、せいぜい盛り上がれるなら、やってみろよ。」
応ずる。〈
冷酷なバスドラムをひとつ叩き、ぼくは
好きにするさ。
叩くか、踏むのか。違うな。
本当の暴威がある。
その
撃ち尽くせ。
何ひとつ、ここに残すこと
章帆による低音の支配は、遙か雲にかかるまでに
滲む。
今や害意さえも。
ああ、ねえ、私はかまわないんです。
今ここで、この瞬間、本当に壊してしまっても。
それを望まない理由がありますか。
今ここに。ここだけに。
ぼくが
央歌のギターは何ら抵抗を果たすことなく落命し、サウンドがまさに破壊されようというところ、ぼくの持つスティックは、あるいは
立つなら、示せよ。
暴乱しか知らずにいるこの
おまえしか通らない、
ついに震わせる、その
忘れて ここにいたこと
流すなみだの一滴もなかったなんて
太陽が落ちれば 少しは笑い話だね
熱量は増していく。
そうじゃない。
なあ、本当なら、そんなはずはないんだぜ、今この場のどこに罪人がいるというんだ。
好きにする。
そのくだらない歓声は、二度と、あともう一秒ですら、聞きたくない。
ならば?
奪い取らねばならない。
欠いているピースがどうしても欲しくて、それだけを欲して、欲する程に、ぼくのドラムは
泣けばいいだろう。
それもまた命であるのなら。
今、
そして今が終われば――
また次の今に、きみを呼ぶ。
ぼくは
残り一曲と――
きみを呼べなくなるくらいなら、いっそ朽ちるさ。
呼吸は荒い、それでも、央歌は挑み続ける。「ミナサン、生き延びてしまったね。ねえ、もう諦めたとでも思った。全員、ゼンイン、潰してやるから。次が最後の一曲。」
ついに。それは、フロアの後方から。
「待って! お願い、その曲を殺さないで!」
間違いなく、彼女だった。
満員のフロアに在らぬはずの道を成させてまで、最前、
「私、その曲が好きです。今から、あなたたちがやろうとしているその曲が。大好きなんです、どうしようもなく、本当に、本当に。」
真の祈りとしてあるのは、ここから。
八汐の体は震えを御せない。
「でも違う。違う。違う。」
意思でこそ叩きつける。諦めの
「ギターが違う! そうじゃない。そうじゃ、なくて。全然。ちっとも。〈SO LONG, MAGGIE〉まで死ぬんですか。殺すんですか。耐えられなくて、私、もう、後ろで聞いていられなくて、帰ろうと思って。でも、でも、間に合う、一曲だけ! 殺さないで、もうこれ以上。違うギターで
声は央歌のものだ、ゆえに、素っ気なく問うた。
「だから?」
それは八汐郁杏というギタリストの、本能の咆哮。全てを断ち切り、進ませる渇望。
「私をそこに立たせてください。死なせない。その曲だけは、絶対に。」
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