Track 009 SEARCHLIGHT FOR LOOTING
弾くことに対しては非常に
「どうも
章帆は余分に出した付箋の一枚に、さらと、
これから話されるだろうことに興味を失ったらしい央歌は、何の断りも入れず、夜風にでもあたろうと思ったかどうか、スタジオの一室から真っ直ぐ出て行ったのだが、呑み込みの早い我らが
章帆のため息はいつもの呆れの色合いではなく、
行く宛ては、全く知れなかった。
央歌が話の途中で出ていったまま戻る気配がなく、またロビーにいるでもなかったので、ぼくが央歌を探しに行くことを求められたのである。行く宛ては知れないには知れないのだが、見つからないという気もしなかった。央歌とはそろそろ浅くない付き合いなのであり、その月日以上に、どちらとも望んでそうしたのではないにせよ、互いに多くを触れ合わせてきた。それでいて、相手の個人そのものには、さして
少なくとも、今夜、これから会えるだろうことは、確信として、そう扱って不足のないものとして、ぼくのうちにあった。
出て行ったのは、話に興味がなかったのみではなくて、
八汐郁杏というギタリストの存在が確たるものと意識されれば、
おまえは
そうだろ。
認めるわけがないものな。
音の全てを従えるまで。
だからぼくは、おまえがいい。
八汐というような前例などあるはずがなく、よって央歌の行き場も前例がない。ぼくとしては珍しく、音よりも光を意識した。ビルを出てすぐの通り、散発的に行き過ぐ車のヘッドライト、深夜の宿り木のようなコンビニの
それでも、そこに自分は在る。それで足りる。探しものはそこにしかない。別に、誰かを信じてないだなんて、そんなことじゃないな。ぼくはおまえの
熱。
自分を
何がどうなろうと。
全て、自分だけのせいにする。
自らの
そうでなくば、ぼくらの思うところの
半分は感覚で、もう半分は順序立てて行き着けば、ずいぶんと背の低い高架下で、上に架かるより幾分かは道が沈んでいるという
「ぼくは待つが、
声をかけても央歌の不動は変わらないが、その
「とっくに。夜風が肌に気分
多くを述べない央歌は、ぼくがわかっていると承知で、相手が八汐ならば少しは手こずるものかと思ったが、央歌の不遜はそれで
何にせよ、
残響のまだごくわずか残るうち、「水。」そう言って、央歌はスタジオの厚く重いドアを開け、ロビーに出た。本当に水なのであり、納得の様子だった。ドアの
とどのつまり、そうであることが、央歌にとって歌うことだというのだ。「つくづく業の深い。こんな練習してたら、ライヴ前に壊れかねないですよ。〈略奪者たち〉って、死にながらでしか進めないバンドというか、どうしてこれで沈まないのかわからない難破船。」知っていない名らしきものが出た。「略奪者たち?」ぼくからは
「〈略奪者たち〉。それが私たちのバンド名です。」
これ以上に章帆の物わかりを進めてもいいことはなさそうで、ぼくはおとなしく、「それはどういう由来で?」と訊ねた。「昨日の
章帆の視線が上向くのだが、そこに天井はあっても、照明はあっても、章帆はそれを目に入れてはいないだろう。
「私たちのサウンド、っていうか、特に絢人クンのドラムですね、ぼくを喰い物にしてくれよと、痛切に訴えかけてくるわけで、それで、今はまだいない、私たちのバンドを聞きに来てくれる
ぼくはと言えば、将来の理想像としてのそれを、このように分け与えられて、本来、明日をも知れぬ主義の、まるで
「オンガクなんて非生産的なものを、あろうことか、ですよ、今日を生きようというただそれだけのために、奪う。それだけでは飽き足らない。奪うということに、本当の満足なんて、あると思いますか。ないんですよ。そして、最初からそんなことは百も承知なんです。本当は。私たちだって。
見事なまでに、無惨な船じゃないか。
略奪者たち。
章帆の求めた名を、ぼくは心中で
涙が欲しいな。
ぼくたちと罪を分かち合う
他の何が壊れようとも弾く、そして実際に壊しながら弾く、
ちゃんと見やれば、章帆はぼくに向け、唇を
「すでに十分なくらい、そして何度だって、嫌気は差しますねぇ。もしかしたら、私、このバンドが大嫌いになるかもしれません。世界で一番憎いものになるかもしれません。」
ずいぶんなことを言っているはずが、章帆は、およそ
「――けれど、呼ぶから。〈略奪者たち〉が、どんなに苦しくったっておまえの弾く場所はここだよって、そう呼ぶから。もう、手遅れですね。弾きますよ。このバンドは私が生かし続けますよ。よっぽど
ああ、ぼくたちのオンガクは、甘美とも言えやしない、無為に
章帆が唐突ににこやかになったというのは、ぼくの笑みに応じたからではなかった。「沈ませませんけどもぉ、すでに、ひとつピンチは目前ですけどね。」自らそう言ってなお、章帆の嬉しそうな顔つきは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます