Track 007 LIGHTNING THAN THUNDER
「確かに鳴ってますね。」
「ギターだね。」
路地をうねり
行き着いてみれば、宅地に囲まれるようにある、ごく普通の高校だった。校門に
吹奏楽部か、譜面を追うのがようやくというトロンボーンの
ぼくの感覚のうえでは、もはや余白はわずか、ほぼ全てが明晰に聞こえると表現してもよかった。それは
ぼくにとって、本当に遠くより聞こえていたのだと、章帆は確たる形で納得した様子だった。章帆は音の出所を探し、見上げる。鳴いた野鳥でも探すかのように。その何てことのない有り様に、章帆に何ら非はないと承知でも、苛立ちは募った。
「軽音部の練習ですかね。でも、たぶんですけど、これすごくうまいですよね。くぐもってて、音、ちゃんと聞こえないですけど。窓閉めてますよね、さすがに。」
どうしても、黙れなかった。
「すごくうまい? やめてくれ。冗談じゃない。」
技巧を物差しで計るようなものじゃない。どこから鳴り
校門前で立ち話をしているぼくたちをちらと見やりつつ、それぞれ服装の違う、しかし共通の
たのむよ。
鳴らさないでくれよ。
そんなところから。
吐き気がするじゃないか。
あの男に棲みつく
そして実際に、ぼくは
ギターの
どうだ。
鳴らしてみて。
そんなところから。
そこから何がわかる。
聞かないという選択はなく、むしろ耳を澄ませ、そうするほどに
「音があるから問題行動を黙認しろと。ライヴの日取りを決めた帰り道にですか。オンガクの奴隷サン、いったい、どこまで馬鹿なんですか。」
央歌がぼくらの正面に寄って、その左手で、目立たぬよう、しかし確実に、ぼくの首を絞めた。こうでもしないとおまえは黙らない、そう言いたげだった。そっと右手を乗せることで、ぼくの肩にある章帆の手から、その力を解かせた。「どうせふたりとも譲らない。善悪なんて考えるだけ無駄じゃない。」自らの手を自らに戻して、央歌は、校門の向こう、校内を見やった。「幸い、私服の高校みたいだし、生徒数もそれなりにはいそう。春先から全生徒の顔を把握している人はいない。ここで派手に喧嘩を始めるよりも、しれっと潜り込んだほうが、よっぽど問題にならない。」促される気配は見せつつも、章帆は不服げに央歌を睨んだ。「結局、問題行動を推奨ってことじゃないですか。それ。」
動ずることなど何らなく、
似合わないことを認めないとならないのであるが、章帆も含め、こうして連れがいることで、どうにか息を継げる。
どうして必要なのだろうか。
今、ここに。
神の
音楽ではない、ただのことばを発するしかない、ぼく。
なあ、
音楽がないと生きられない人間なんて、
本当は、
この世のどこにもいないよ。わかってる。
薄く
幸運か、妥当な成り行きか、誰に見咎められるでなく、結局は央歌の言う通り目立たず、ぼくらは四階、熱源、その教室の前の廊下にまで辿り着いていた。校舎のつくりからすれば端のほうであるらしく、教室外に他の生徒は見当たらない。室内に入る引き戸には窓があるも、こちらが見つかっては事であるから、覗き込むのは控えていた。ゆえに、誰が弾いているともしれないギターだが、ここまで来てしまえば、央歌の耳にも章帆の耳にも、明白に、明確に、一線を画し、人の本来踏み入れるはずのない領域から鳴り響かせているものと、そのように聞こえているはずだった。
本当にギターという楽器を弾いているのか、そこから疑わねばならないほど、そう、奏者の精神が、感性が、純然に全て、直接にその六つの弦からあふれていると、楽器と奏者が分かたれることなく、まるで同一にあるものと。新たな、未見の、ひとつの完全な、そして神聖な生命体として在るかのような。それが現実を認めないことであるとは承知でも、まるでちぐはぐな、
聞いて苦しさを覚えるほどの生きようであれ、聴者の
さあ、
生きてよ。
ただひとつきりの孤独で。
さあ、鳴るよ。
逃さないで掴んで。
繰り返し始めて。
なにがほしい?
なにがたりない?
なにをすてたくて、
なにをまもりたくて、
それは、今日という日だけではまるで足りなくて、明日なんて今、この世界のどこにもない。ひとつきりのいのち。今にだけある。ちっとも、あふれさせていくには、まるで足らないね。あふれさせていくには、まるで、今だけでは――
今、
ここで、
いのちで、
聞こえている?
鳴る音がここにあるから、響かせていくから――
いつまでもひとりきりであっても、始めることを続けて、生きてよ。
寂しいいのちをなくさないで、怖がるたましいを認めて、この音符を、明日には忘れてしまったって、信じられなくなったって、それでも今がここにあるから、だから鳴る。
たったひとつしか数えられなくても、
そのひとつを数えられる。
かぞえて。
ひとつきりの孤独で。
鳴らすよ。そのひとつで。
きみのひとつに、響くように。
ある。鳴る。
ぼくは確かに聞いたのだ、と、その表現で適切であるのかどうか、まともに認められもしない、本当にそれが届いているのは鼓膜なのか、
ぼくは
たとえぼくが成層圏より押し潰され、
願うよ。きみが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます