Track 005 WHAT SUNLIGHT IS THAT?
行いを省みず、是非の有無を問わず、望む
――『正直に感想を言わせるか、そうでなければ何も聞くな。俺には。』
あきらかな重しとしてあるもの。もし愚かにも感想を求めるとして、それはぼくの弾くピアノでなく、
いつどこでなぜ、鳴らすだけで我慢できなくなったろうか。
中学の半ば、長らく蒸発していた父親がふらりと戻ってきて、少なくともぼくは、小学生であった時分、一度も父を見ていないわけだが、父
つまり母はぼくを父と並ぶ、あるいは上を行く音楽家に育てようとひたすらに努力を重ねたのだが、ぼくがどう応じたところで、少々の才能は発揮しても、音楽の神様からはなしのつぶて。そも、その期間のことを、ぼくは細かく覚えていないのだ。戻るなり母に離婚を突きつけた父が、いくら有能な弁護士を雇ったのだとしても、容易に親権が奪えたあたり、推して知るべしというところなのではあるが。
ただ、ひとつ言い添えておくのならば、だ。
ぼくはあの時、あの日々の中で、確かに願っていた。
父のように弾きたい、と。
みっつめ、硬貨と引き換えに、自販機の外へと落下を許された缶を手に取る。行儀良く一本ずつ取り出していたのだから、詰まるなどということはないが、それでも物言いはついた。「間違ってるぞ。」すぐ後ろのカウンター内からかけられた、馴染みのある厚い声は、なるほどぼくは考えごとをしていたのだとぼくに思い至らせた。
「
自販機のコーナーは、申しわけ程度のテーブルと
最上サンは遡れば少年野球の四番だそうなのだが、確かにその無骨な顔つきは、そうと言われたほうが納得できる。当時、捕手をしていたのは、体格に恵まれているからではなく、気配りに長けていたから。とはいえ
最上サンはぼくに向かって手のひらを広げた。「飲み物の買い出し、おおいにけっこう。ウカのやつ、四回に三回はグーを出すぞ。出したか、これ。」ウカというのは
言わずもがな。賭けならばきっと胴元の総取りだ。最上サン相手に警戒しようとは、たとえそう思っても難しく、ぼくとしては、
「もしぼくが、殊勝で賢明な後輩とすると、このうちの一本は最上サンへの差し入れだという推理が成り立ちませんか。
どうせなら小芝居も入れてみたものだが、なにせこんな場所で、
「俺さ、コーヒーだめなんだわ。」
一瞬、どきりとするのだが、それはあまりにも真面目に真っ直ぐ言われたからなのであって、こういうところが特に、人好きのする男というのだ。「偽証っていいの。出勤する前にさ、このビルの一階の喫茶店で、決まってコーヒー飲むんでしょ。」結局、何を言ったところで返ってくる言葉でこちらが柔らかくされると、思い知ってはいるのだが。「おいおい、裁判ごっこに正義の履行は要らねえぞ。余り物を押しつけることを差し入れっつーのも尊重しただろよ。ま、コーヒーは仕事前にもう飲んだぞ。賢明はたぶん死ぬまで無理だろうけどよ、殊勝ってほうは今後の成長に期待だな。」などという話にすり替わってしまうので、ぼくは小銭の確認をすることになる。面倒だ。ココアを二本買って片をつける。
たまたま足りた小銭で買ったココアのうちの一本をカウンターに置いて、しかし今日、先程の合わせを経たうえで、都合のいい巡り合わせ、最上サンに聞きたいことができていて、すぐにスタジオには戻らず、立ち止まった。お互い、同じく知っていることは多い、前置きは抜いた。
「今さら尋ねるのも変だけど、最上サンさ、なんで央歌を部長に据えたの。根回しまでしたっていうじゃない。そりゃそうだ、あの性格、単なる人気投票なら、部長なんて絶対なれない。」
ぼくが軽音部に入った時、つまりは高校一年の時、部長は最上サンだった。そして最上サンの引退に際して、新たに部長に
最上サンは、カウンターの
脈絡なく、最上サンが口にしたこと。
「――LOOK FOR DIFFER SUN」
違う太陽を探して。
「まさか忘れちゃいないだろうな。おい。今も昔も、俺は
まさかここで茶々を入れるほど、
「
スタジオの厚いドアを
飲み物を手にしてひとつ気が抜けたのか、行儀悪く、章帆は床に座り込んだ。
「このバンドはやるつもりです。というよりやります。そこはご心配なく。」
もっとも大事なところ、どうしても得たいと切に願ったもの。もうぼくにとって、まるで刺激としての役を負うではないもの、
章帆の声音はいっそうに澄み、その声調から
「組む相手を間違えたなというのは、もうわかりすぎるほどに、それはそうです。まったくもって、ですね。このイキモノ、おかしいですから。」
無論ながら真剣に応じる話であることは明白で、まして章帆はバンドへの加入をたった今、確言したのであるから、すでにして
大事な証言であることには違いなく、「バンドなんて無理と、
これほど明確な死刑宣告というのも、なかったろう。
「絢人クン、あなたは
弾きたい。
どうして。
にんげんは神さまにはなれないよ。
でも、神さまが弾くピアノだ。
弾きたいな。
おなじように。
それを呪いというなら、きっとそうだ。
ぼくから返る言葉は期待していなかったのか、章帆は
章帆は緊張を解き、深くため息を吐いた。そんなこともわからないでバンドをやろうとしていたのか、そう言いたげだった。続く言葉はなく、弁明も求めない、もはや一員であるのであれば、追ってろくなことにならないととうに知るはずで、事実、ここで話を切ったとて、そうなった。
座りこんだままの章帆のそば、アンプの上に広がった譜面の隣に、メモを書き入れるためのペンが転がっていることをちょうどいいと見てとったらしい央歌が、歩み寄り、そのペンで譜面の余白に何やら書き入れた。
「これ、あたしの
演奏というよりはその後の
「弾くんだろ?」
ぼく問う。やはり、ろくなことは導かない。ここで道理を尽くそうなどとすれば。
「バンドじゃないから何。奇怪なイキモノだから何。ぼくはぼくが求める音をステージで
あまりにもぼくらがぼくらであるためなのか、もはや、章帆は朗らかに笑うしかないというふうなのだ。きみもたいした
「すごく要ります。絢人クンとの
ぼくが何かを言うより先に、章帆の恋路には邪魔が入った。
「二股かけようってなら、見えないとこでやって。」
央歌は残りのココアを
「ふたりが何を言おうと思おうと、そんなの
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