Track 004 TIME TO TEAR FAIR SCORE
狭い部屋での反響が嫌であったので、ましてこの
「
大変ありがたいのではあるが、央歌のひとつ上の先輩なのであって、ぼくとは直接の接点が多くなかった人である。ぼくが気に入られているというのでなく、誰に対しても気が良い人柄と評するのが正しい。事前に話を通しておいて、バスドラムをふたつ置いてもらったわけだが、普通、練習スタジオに望めるものではない。その
「
気だての良さのみならず、個人の思想が多分に混ざったということだが、平素より、バスドラムがひとつしか置けないことが口惜しいのだろう。そのようにメタルに棲むのなら。
ベースの弦を
「いやはや、こんなにきっちり書き込まれた
演奏記号、それも通常あまりお目にかかれないものまで往々にして書き入れているのだから、それはかつてぼくが受けた
各自が準備をしている中、ぼくはといえば、ドラムセットの中央に座して、大概に手持ち無沙汰なのだ。よくもまあという限りなのだが、バスドラムをふたつ置くついで、ぼくに合わせた
次いで
瞬間、訪れる即興のギターソロ、かつてあるどの曲でもなく、央歌の
章帆はいっそ唖然としたふうで、自分の力量を棚に上げ、「え、うま。」と漏らしていた。「これ、央歌ちゃんがギタボの
無言のうちに説明を求められたというところ。「央歌のギターじゃ、ぼくのドラムで死ぬから。それだけだよ。そもそも央歌は根底がギタリストじゃないんだよ。鳴ればそれで満足するギターなんて要らないよ。央歌の本質は歌うことにしかなくて、歌で自己を削ることにしか本当は興味がないから、央歌にギターを弾かれたって、ぼくは邪魔としか思わないな。」章帆は早くもげんなりした様子で、「絢人クンって病んでますね。理想主義って身を滅ぼしますよ。」臆面もなく言った。きっと好きだと章帆の直感は告げたそうなのだから、ぼくにも央歌にも、これしきで愛想は尽かすまい。
「現実的に言えば、ぼくの欲しいギタリストはいないわけだから、
章帆はといえば、それで、さっそく自分に被害が及んだと、苦い顔を隠さなかった。「ベース屋さんに、無茶な注文してくれますねぇ。知ってますか。ベースってのはですね、バンドサウンドを支えるのが仕事なんですよ。」とはいえ、すげなく
もう着火を待つばかりだ。
三者三様、鳴ることのなしに、ここで何を得られるというのか。
ぼくはカウントを取る。
それはもともと、ぼくと央歌が同じ高校に通い、軽音部に同じく籍を置いていた頃、当時のぼくが実験的試みで書いた曲で、当時
ベースは八分で静かに打つだけ――
変則的な曲の構成――
ああ、都合がいいじゃないか。
ドラムが胎動を告げる、四小節、たったそこに、ぼくというものがあるのなら――
気づけ。何が始まろうというのか。ドラムソロから
――ぼくは気づいている。
ベースの音色は、
――たったひとつを聞いただけでもわかるよ。なあ、本当は、指で弾くほうが好きなんだろう。今ここで
さあ、
撃てるだろう。今。ぼくは。調和など捨ててしまえよ。キックひとつ、ストロークひとつで罪を被れよ。ただの乱打なら要らない。ただの重力なら要らない。重く打ったドラムを、そのひとつずつが
ねがう。
もはやどことも、だれともしれない。
知れよ。正しくなくとも求めると知れよ。ぼくを殺すとも、ぼくに殺されるとも、それを求めると知れよ。諦めてくれよ。
ぼくはぼくの意識なり全霊なりというものを、全て自らの
諦めてくれた。
ぼくにはそのように映った。喰らうか、それだけでは飽き足りないか、そうだろう、このバンドに和などあるものかよ、ぼくの
ドラムソロが終わり、手数が増え、ドラムが
違う。
章帆は認めた。
叶わぬはずの
その大地は人を育むこと
ぼくが
わかるか、簡単に一歩を歩ませてもらえると思ったか。ただ壊れないだけでいてくれると思ったか。
今やサウンドの重心は、音と音を撃ち合い、傷を
章帆の低音は、ぼくが譜面の上で望んだものなど
今や、手招かれているのはぼくというのだ。
ねえ、これがいいんでしょう。
これがお望みだというのでしょう。違いありませんか。あるはずがないですよね。お怪我はありませんか。ないはずがないですよね。そのように弾いています、そしてあなたも。そんなに食い散らかされたいのなら、付き合ってあげますよ、もっと叩いてください、もっと叩いてくださいよ。あなたのもっと大切なものを懸けて、叩いて。私は大切な大切な大切なものを、私が弾くベース、自らの手で、壊したくてたまらないんですから。叩いて、もっと。明白に、迷うことなく、愛を裏返し、私が壊してしまうものを。
かわいそうですねぇ。
私があなたを壊してしまえば、この甘美な
ねえ、付き合ってあげますから。
章帆のベースは今、
どこまでも孤独だ。
その
音の混濁の渦中にありながら、違いなく致死の
ベースがさらなる狂騒に踏み入る。ギアが上がる。壊したい玩具がここに増えた、なんてやりがいがあるだろう。そんなふうに。ぼくも呼応を余儀なくされる。何もかまうなよ、もう、あるもの全てを撃ち落とせばそれで済む。落ちたなら潰せ。
だとして、戦場がいかにどうあろうとも、決して、央歌は媚びない。
馬鹿だね。
あたしなんかを選んでしまって。
信じてないんだ。あたしなんて業の深いヴォーカルは、自分の声以外信じてないんだよ。馬鹿だね、きみたちが必死に築き上げるサウンドなんて、声帯ひとつで踏み台にしてしまうよ。きみたちが殺戮のショウの主役になったつもりでいるなら、どうしてあたしはここにいるの。どこまでもひとりで
歌う。それだけ。
ああ、きっとぼくたちは、幸せな夢なんて見られないな。
サンタクロースなんて、死んでも信じられないだろう?
来るなよ。間違っても来てくれるな。なあ、サンタクロース、おまえが求めている雪はこれじゃない。どれだけ降り積もろうとも。
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