Track 003 MAYBE RIGHT MISTAKE
店内の有線がヒットチャート常連のロックバンドの楽曲を吐き出し始めた。このご時世、国内売上トップテンの
こちらが使い慣れている
「サンシャイン水族館を遠くに拝むだけってのは、なんとも寂しいものですけどねえ。こんにちは。好きなんですよ、あそこの
三日前、ライヴの終わった後のわずかな時間ながら、すでに顔を合わせているのであれば、迷うことなく、芦崎章帆はぼくと
明るいオレンジに染められた芦崎章帆のミディアムの髪は、先日会った時はウェーブがかかっていたはずだが、今日は真っ直ぐな流れを成していた。巻かれたというのは、
央歌は少しばかり化粧をしたようではあるが、三者三様ながら、身なりに熱意は感じられなかった。というより、普段の装いにかけられる金のゆとりも気骨のゆとりもないとするべきか。なにがしか、以前の活動の流用なのであろう、芦崎章帆のいかにも安い生地である紺のジャケットと、
央歌はコーラを頼んでいて、何か珍妙なことが起きた心持ちでいたのだが、話をする段になって、Sサイズのそれを、ぼくの側に押しやった。なるほど、飲むつもりで買ったのではないらしい。ぼくは烏龍茶をMサイズで頼むべきではなかった。
「改めて、初めまして。あたし、
「やっぱりすごぉい。
「ちなみに糸原さん、何て。」
尋ねるのも愚かではあるが、何を吹き込まれているか知れないというのも愉快ではない。
「あはっ、そのように聞かれたら、俺に直接聞け、と答えろと。」
芦崎章帆の言うままに糸原に連絡を取れば、結局ははぐらかされるか、仮に答えが得られたとしても、どうあれぼくに対して何度も連絡をすることは避け、しかし仕事の話ができるわけだ。
身をいくらか戻し、少しドリンクを飲んで舌を湿らせてから、芦崎章帆は話を戻した。「私の番ですね。芦崎章帆――これはもうご存じですね。二十二歳で大学生やってますけど、バイト
「バンド、辞めたがってるって聞いたけど。」
先を取って央歌の話を止めたのは、話を直通で済ませたかったからであり、取りも直さず、音楽の話をしたかったからだった。
芦崎章帆は快活にひとつ笑った。鳴らす音色と人格が必ずしも一致しないところ。それでもどこか通ずる
「それ厳密には正しくなくてですね、糸原サンも大概おしゃべりなわりに正確を期さないから困りますよね。今さら私に
「結局、問題児って?」
話が要領を得なかったので、ぼくは端的に聞いた。演奏技術にけちをつけるところは始めからないのであるし。央歌は口を挟まないことで続きを促し、芦崎章帆は特にためらうふうでなく問いを受けた。
「私、恋愛体質なんですよ。かなりすごく。バンドやるにはかなり
ぼくにとっては
「それじゃあ、芦崎サンは、バンドの和なんてものは信じちゃいないわけだ。」
糖分が欲しくなった。もともとはぼくに押しつけられていたはずのコーラを、無造作に向かいから奪い返した。ストローはそのまま、舌を湿らせ、安っぽい甘みが口内に滲みていくところ、芦崎章帆はどうやら居心地が悪くないふうだった。「章帆って呼んでいいですよ。」と、前置きのうえで言った。微笑みとともに。
「仲良しこよしでイイ音が鳴るなんて発想、サンタを信じてるコドモみたいじゃないですか。」
言い切っていた。ぼくはその物言いをまさに、気に入るしかなかった。
「いいよ。」
僕は央歌の意見も聞かずに決していた。気づけばぼくが先んじて話を進めている
どうやら、ぼくの手元に戻ったコーラを奪い返される気配はない様子だった。コーラに差し替えてしまったまま、自分のストローを失った章帆は、特に文句を言うでなく、余っているストローを差すでなく、自分のドリンクからプラスチックの
「あのですね、これ長年の恋愛体質の直感でもうわかるんですけど、かなりダイレクトに当たりと言いますか、絢人クンのことも央歌ちゃんのこともきっと好きですよ。いつ
ぼくはといえば、章帆の話はもう半分も聞いていなかった。章帆のベースをいかにして打ち壊すのか、ただそのことを考え、
そうだろう。
ぼくもだ。
ぼくのスネアを、タムを、バスドラムを、
結論が明らかなのであれば、もはやここで、不要な言葉ばかりだというのだ。
「サンタなんていないだろ。」
ただそうと言うだけで、話は行き着いていた。
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