セックスの里、駅弁、荒セックス、セックス猿の4名の関取衆は四股やすり足、てっぽうなど基礎的なトレーニングで体を温めている。若い衆たちは、三番稽古、申し合い、ぶつかり稽古といった実戦に近い稽古に移っていた。三番稽古は同程度の実力者同士で何番も相撲を取る稽古で、申し合いは勝ち残りで次々と相手を変えて行う稽古、ぶつかり稽古は受ける側とぶつかる側に分かれて行う稽古である。

 また関取が下位の力士を指名し、関取が受けるぶつかり稽古を特にあんまと呼ぶ。何名かは土俵外であんまを繰り返していた。

「あひィッ!」

 激しく肉体がぶつかる音と息遣いが稽古場に満ちる。

「んほォッ!」


 セックス親方や部屋付きの親方も稽古場に姿を見せ、弟子たちへ適宜アドバイスをする。セックス親方は時に自身も稽古まわしを締めて直接弟子へ稽古をつけることもあった。44歳で全盛期から体重はかなり落としていたが筋肉は厚く、現役の関取であっても勝つことは容易でなかった。

 関取衆も同様に、若い衆へ助言する。

「どうもごっつぁんです」

「んごッァァンッ、ですゥーッ」

 とそこかしこでお礼の声がする。ごっつぁんですと言いながら、前屈姿勢で手の指先を足の爪先へつける独特のポーズを取るのが角界でのならわしだった。


 関取4人はそれぞれ取り口が違った。セックスの里は馬力を活かした押し相撲。セックス猿は技巧派。荒セックスは怪力を活かしたおっつけや決め技が得意。駅弁は四つ相撲で組んでから激しいがぶり寄りが持ち味だった。

 タイプの違う関取から様々な助言を受けられるのは、力士にとって贅沢な環境だった。




 力士のしこ名には、伊勢ケ浜部屋の「富士」や佐渡ケ嶽部屋の「琴」など、部屋で共通のワードを入れる習慣がある。これらは師匠や先代以前の師匠の現役時代のしこ名に由来し、例えば春日野部屋の「栃」は大正時代の27代横綱・栃木山から取られている。

 セックスしないと出られない部屋の師匠の現役時のしこ名はセックスしないと出られないであり、その弟子たちが「セックス」をしこ名に入れるのは極めて自然なことだった。

「ヒィんッ!」


 そして共通ワードである「セックス」にどんな文字や言葉を加えるかは、いくつかのパターンがある。

 一つは伝統的でオーソドックスなもので、セックスの里(せっくすのさと)、若セックス(わかせっくす)、大セックス(だいせっくす)が該当する。「海」や「山」なども同様で、いずれも古くは江戸時代から見られる伝統的で、いかにも「お相撲さん」らしさのあるしこ名である。

 例えばセックスの里の「里」は江戸時代、宝暦年間の出野里(いでのさと)という力士にまで遡るという。セックスの民草が暮らす里を想起させ、端正な名である。

「アォぉ~」


 力士の出身地や周辺の山や川、湖などの名前から取るのも一般的だ。セックス部屋では、鬼セックス、セックスの魔羅、湘南のセックスが該当する。

 鬼セックス(おにせっくす)は栃木県日光市の鬼怒川地区の出身であり、セックスの魔羅(せっくすのまら)はアフリカ北西部モロッコの都市マラケシュの出身、湘南のセックス(しょうなんのせっくす)は神奈川県藤沢市、湘南地区の出身だった。

「~~ッッ!」


 本名由来のしこ名も多い。

 生セックス(なませっくす)は本名が生野であり、序二段までは本名で取っていたが、三段目昇進を機に本名から一字を取って改名した。

 巌堀(がんぼり)は本名が堀で、三段目に上がった際に堀セックスやセックス堀とはせず、岩のようにごつごつした筋肉のついた体つきから、巌(いわお)の字をつけ巌堀とした。


 セックス部屋ではおおむね入門からしばらくは本名をそのまましこ名とし、三段目で改めてしこ名をつけ直すことが多い。力士の世界では関取となる十両以上が大きな線引きとなるが、三段目からは定員があり、雪駄を履くことが許されるなど、ここにも一つの線引きがあった。

 国本は苗字を、瑠希奈は下の名前をそのまましこ名としている。しこ名には下の名前が必要なため、国本はそのまま本名を、瑠希奈は「瑠希奈 春」と新たに春を名前としていた。

 部屋によって、あるいは個別の力士によって改名するタイミングは異なり、入門当初から本名ではなくしこ名にする場合もあれば、十両で変える部屋、あるいは幕内に上がっても引退するまで本名のままであったり、遅い者では大関に上がって変えるケースなど様々である。

「あやーん! あやーーーーん!!」


 取り口などの特徴から付けられることもある。

 セックス猿(せっくすざる)は動きが俊敏で相手を翻弄するような取り口から猿と付けられた。

 キメセクは決め技を得意としたことから。

 邑楽猫(おらねこ)は群馬県邑楽町出身であることと、動きのしなやかさが猫を思わせることから、また本人が大の猫好きでもあって、地名と取り口の複合で名付けられた。

 荒セックス(あらせっくす)はやさしい性格であったが、土俵上では荒々しい相撲を取ってほしいという願いが込められていた。また師匠であるセックス親方の所属していた荒田川部屋から荒の字を付けていた。

「おっおかっ、おかしくなりゅう~~ッ」

「うるさいぞ瑠希奈!」

「あやーん! すぃ~ませ~~ッ」

 力士は仕切や立会、取組、稽古のさなかに「フッ」「ハッ」と強く息を吐いたり、うなったりすることは多い。体力の限界まで稽古するため息も上がり喘ぎ喘ぎになる。瑠希奈はそれ以上に、悩ましげな吐息や喘ぎが顕著だった。度を越せば本場所で協会から指導が入る恐れもあったし、そもそもうるさいので先輩力士らが注意するが、止めて止められるものでもなかった。




 こうした伝統、地名、本名、取り口の特徴などによらないしこ名もある。

 駅弁(えきべん)は、家庭の事情で祖母に育てられたが、その祖母が駅弁の販売店に務めていた。駅弁も幼少時はよく祖母の店にいた。祖母への感謝の念を込め、非常に珍しいしこ名だが駅弁と名付けられた。


 朝セックス(あさせっくす)の「朝」は元来、朝潮、朝青龍など高砂部屋に特徴的なしこ名だった。朝セックスは当代の高砂親方の甥であり、そのつながりで「朝」の字を付けた。セックス親方が高砂親方と同期入門で仲がよく、また朝セックス本人が大横綱セックスしないと出られないの部屋で学びたいという希望があり、高砂親方もそれを許したことで、セックス部屋へ入門した経緯があった。

 叔父がプロの力士で、父も元力士でアマチュア相撲の指導者だった。朝セックスの3つ離れた兄は熱心に相撲を取らされていたが途中で別の競技に転向した。特に強制もされなかった弟の方が相撲を好きになっていった。叔父も三役経験者だったが、王呂樂の圧倒的に強い相撲に夢中になった。テレビの大相撲中継でもかぶりついて見つめ、動画でも繰り返し見て、取組どころか所作や喋り方まで真似する子供だった。

 10歳の時に横綱が引退しても憧れは止まず、大学相撲部で好成績を収め幕下付け出しの資格を得た際に、セックスしないと出られない部屋への入門を父に希望した。幼少の頃から次男の熱狂的な王呂樂びいきを父は知っていたから意外ではなかったが、叔父である高砂にずっと世話になってきた義理を果たすべきだと、高砂部屋に入るよう諭した。叔父は昔から「大きくなったら俺の部屋に入れ、俺がお前を関取にしてやる」とたびたび甥に言っていたし、叔父の部屋で稽古も付けてもらっていた。

 その話を聞いた当の高砂親方は、すぐにセックス部屋へ甥を連れて赴いた。

「こいつはとにかく相撲が好きで努力家だ。必ず関取になる。俺が保証する。セックス親方に育ててもらいたいと夢見てた奴だ。どうかセックスで預かってほしい」

 床に額をつけて頼む叔父を見て、甥もあわてて頭を下げた。

 叔父さんの望みを無下にしてしまった。それでも叔父さんは頭を下げて俺をこの部屋に入れてくれた。その思いが朝セックスには残った。朝セックスの辛い日々の稽古をこの負い目と表裏一体の感謝が支え続けている。

「ひがぁしぃ~朝セックス~」

 呼出が自身の名を呼び上げるのを土俵下で聞く時、朝セックスはその名が、自分のために頭を下げてくれた叔父と、ずっと憧れ続けていた横綱の、両者と繋がっていることに思いを馳せる。朝、セックス。MORNING ... SEX.

「朝セックス~」

「寄り切って、朝セックスの勝ち」

 その一番に勝てば、行司の勝ち名乗りと、それに続いて決まり手の場内アナウンスでまたしこ名が呼び上げられる。




 セックスしないと出られない部屋の力士たちは、セックスをしこ名に持つと持たざるとにかかわらず、皆自身のしこ名に誇りや愛着を抱いていた。

「きゃゥーーーンッ」

「うるさい!」

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