セックスしないと出られない部屋の師匠は、セックスしないと出られない親方である。当たり前だ。

 出羽海部屋の師匠は出羽海親方であり、二所ノ関部屋の師匠は二所ノ関親方である。相撲部屋は、師匠である親方の名前がそのまま部屋の名称となる。


 セックスしないと出られない親方は、現役引退後に3年ほど部屋付きの親方を経験した後、部屋の師匠の引退に伴い、部屋をそのまま継承する形で、しかし前師匠との名跡交換はせず、セックスしないと出られない部屋を興した。




 相撲の世界で親方となるには、現役時代の成績、年寄の襲名、日本国籍の取得という3つのハードルが存在する。


 現役時代の成績として以下のいずれかを満たさなければ親方にはなれない。

  ・横綱・三役経験

  ・幕内通算20場所以上

  ・幕内・十両合計30場所以上

 上位であれば要求される場所数は少なくなり、下位であれば多くなる。最高位が十両未満(幕下以下)の力士には親方となる資格は与えられない。

 自身の相撲部屋を持つにはさらに厳しい条件が存在する。

  ・横綱・大関経験

  ・三役通算25場所以上

  ・幕内通算60場所以上

 大相撲の本場所は年に6回開催されるため、三役未満の力士が部屋持ちの親方となるには、最低でも幕内経験が10年必要となる。

 プロ選手としての実績がなくても指導者や監督になり得る競技もあるが、大相撲ではプロ選手の実績がなければ親方にも師匠にもなれない。


 親方になるには年寄の襲名が必要となる。年寄は日本相撲協会の構成役員であり、年寄を襲名する権利を年寄名跡(年寄株、親方株)と呼ぶ。江戸時代、将軍は徳川綱吉の貞享年間に起源するとされ、ギルドとしての性格を残す制度だった。

  ・年寄の数は固定で「伊勢ヶ濱」「時津風」など106家が存在する。

  ・名跡の取得(譲渡)には一般的に金銭が必要となる。

  ・現役の年寄が退職しない限り年寄株の空きが生じない。(親方の定年は65歳、さらに70歳まで再雇用が選択可能)

  ・名跡を所有せず借りる「借株」が全体の1割弱ほど存在する。(所有者には、退職した元親方や、死去した元親方の遺族、現役力士、複数所持する親方、相撲協会などがある。)

 取得するか借りるかして年寄名跡を確保できなければ、親方にはなれず、また親方の立場を維持できない。どれほど強く知名度の高い力士であっても、年寄株が確保できずに相撲協会を退職するケースも生じる。


 外国出身力士の場合は、日本国籍の取得も親方となるために必要とされる。

 帰化の条件は国籍法第5条第1項にて、日本での居住歴、素行、収入、日本国籍取得後の母国の国籍喪失などが規定される。また同法第7条にて配偶者が日本人の場合に「簡易帰化」と呼ばれる緩和要件が規定される。

 条件を満たしても申請から許可までに1年以上、長ければ2年以上かかる場合がある。

 外国出身力士にとって、母国の国籍を喪失することへの逡巡や、現役引退後のセカンドキャリアをどの時点で決めるのかといった難しさがある。そして国籍取得を決意したとしても、許可が下り日本国籍を取得するまでにも時間がかかるため、その間に怪我等で引退してしまえば、親方にはなれず相撲協会を去るほかなくなる。

 日本出身力士には縁遠い大きなハードルが存在した。


 この成績、年寄、国籍の3条件が複雑に絡み合うことで、「引退したいのに現役を続ける」「続けたいのに現役を引退する」「プロの指導者になりたくてもなれない」「指導者を続けたいのに退職する」といった独特の理不尽な状況が発生する。

  ・部屋の師匠が急逝/退職したため、有資格の現役力士が引退せざるを得ない。

  ・成績や国籍が条件を満たすまでまで現役を無理やり続けざるを得ない。

  ・〇〇親方の定年まであと◯年なのでそれまで現役を続けざるを得ない。

  ・年寄名跡取得の資金が用意できず親方になれない。

  ・空き株があるが別の一門にある/所有者の許可が得られないなどの事情で親方になれない。

  ・借株を返す必要が生じ(所有者の現役力士の引退など)親方を辞めざるを得ない。

等々。

 これらの条件をクリアすることで、相撲の親方たちは「親方」としての地位を得ているのである。




 年寄「セックスしないと出られない」は106家の中に存在しない。当たり前だ。そんな伝統あるわけないだろ。

 しかるにセックスしないと出られない親方、セックスしないと出られない部屋が存在するのは、「現役時代のしこ名を年寄とすることができる」制度による。

 横綱経験者は5年、大関経験者は3年に限り、引退後もしこ名を年寄として親方になれる。これは一時的なもので、年寄名跡確保までの猶予期間・救済措置と捉えることができる。

 さらに功績が顕著な横綱は「一代年寄」として一代に限ってしこ名を年寄りとすることができる。「顕著な功績」の目安は、幕内最高優勝20回以上となる。

 過去に一代年寄の権利を得たのは、大鵬、北の湖、千代の富士、貴乃花、セックスしないと出られないの5名だった。(なお千代の富士は年寄「九重」を襲名し、一代年寄の権利を行使しなかった。)


 過去に優勝20回以上を果たした大鵬以降の横綱には、他に朝青龍(25回)、白鵬(45回)(ともにモンゴル出身)の2名がいた。

 前者は日本国籍未取得のまま現役引退し親方にはならなかった。後者は現役時代の言動等が問題視されたことと関係するかは不明だが、引退直前に「有識者会議」により「一代年寄には制度的な裏付けがない」とする提言書が突然出されたこともあり、結局適用されることはなかった。

 その提言書が過去に存在したにもかかわらず、セックスしないと出られないは一代年寄を認められた。実績だけでなく人品が優れていた、あるいは相撲協会の理事会、横綱審議委員会、経済界、政界などへの影響力によるとも噂されたが、真相は不明だった。




 大横綱セックスしないと出られないは、大相撲で初のフィンランド出身の力士であり、外国出身力士として初の一代年寄となった。

 15歳で単身来日し、圧倒的な強さによる実績と、力士としてだけではない角界への影響力を保持した。ファンからも愛された「王呂樂(おうろら)」というしこ名を「セックスしないと出られない」という異常な文字列に変えることを認めさせ、「セックスしないと出られない部屋」を持つに至った。

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